悪を避け、善を行え。
こんにちは。呟き尾形です。
「悪を避け、善を行え。平和を尋ね求め、それを追い求めよ。」
―『旧約聖書』詩編34編15節
人生、どうしても、悪いことに巻き込まれててしまうものです。
ですので、悪いことに巻き込まれてから対処するよりも、最初から悪を避けることが大切です。
事前に、善を行い、平和を求める姿勢で、自然と悪が避けるようになります。
つまり、ただ「悪いことをしない」という消極的な態度ではいけません。
むしろ、「善を選ぶ」という積極的な行動が、悪を遠ざけることにつながります。
悪を招かないためには、悪から離れ、善を選び続けることが大切です。
一日一善、日々の小さな選択の積み重ねが、自分の心と周囲に平和をもたらすのです。
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★★★ アインシュタイン 平和 3
0828
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# 📺8月28日は「民放テレビスタートの日」──一台のテレビに人々が集まった時代
8月28日は「民放テレビスタートの日」です。
1953年(昭和28年)8月28日、日本テレビが日本初の民間テレビ放送として本放送を開始しました。
正式名称は「日本テレビ放送網株式会社」。
現在では「日テレ」という呼び方がすっかり定着していますが、1953年の開局当時、日本の人々にとってテレビそのものが、まだ新しい時代の象徴でした。日本テレビは1952年7月に日本で第1号となるテレビ放送免許を取得し、翌年8月28日に本放送を開始しています。
### 📺テレビは「家にあるもの」ではなかった
現在では、テレビは家庭に一台あることが珍しくありません。
しかし、1950年代のテレビは非常に高価なものでした。
そのため、放送が始まったからといって、誰もが自宅でテレビを見られたわけではありません。
そこで大きな役割を果たしたのが「街頭テレビ」です。
日本テレビは開局に先立つ1953年8月18日、関東一円に街頭テレビを設置しました。盛り場や駅などに置かれたテレビの前には大勢の人々が集まり、テレビという新しいメディアの登場を多くの人が目の当たりにしました。
つまり、テレビは最初から「お茶の間」にやってきたわけではありません。
まずは街角に登場し、人々が集まる場所を作ったのです。
### 🥊大相撲、プロレス、野球……テレビに熱狂!
開局当時から人気を集めたのが、スポーツ中継でした。
大相撲、プロ野球、プロレスなど、動きのあるスポーツを映像で見ることは、ラジオとはまったく違った魅力を持っていました。
日本テレビでは、開局翌日の8月29日に後楽園球場から巨人対阪神戦を中継。翌1954年には力道山らのプロレス中継も始まり、テレビの人気を大きく押し上げていきました。
街頭テレビの前に人々が集まり、スポーツ選手の一挙手一投足に歓声を上げる。
そんな光景は、戦後の日本におけるテレビ文化の始まりを象徴するものでした。
### 🏠やがてテレビは「三種の神器」に
テレビ受像機の価格が下がり、経済成長によって人々の生活が豊かになるにつれて、テレビは少しずつ家庭へと普及していきました。
そして1950年代後半には、テレビ・洗濯機・冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれ、多くの人々が憧れる家電製品となります。
街頭テレビの前に集まっていた人々が、やがて自分の家のテレビで番組を見るようになったのです。
こうしてテレビは、単なる放送機器ではなく、家族が集まる「お茶の間」の中心的な存在へと変わっていきました。
### 🌐テレビからインターネットへ
1953年のテレビ放送開始から70年以上。
現在では、テレビだけでなく、パソコンやスマートフォン、動画配信サービスなど、映像を見る方法は大きく変化しました。
放送局から一方向に送られてくる番組を見るだけではなく、自分の好きな時間に好きな動画を選んで見ることもできます。
しかし、映像を通して遠くの出来事を知り、スポーツや娯楽を共有するというテレビの基本的な役割は、今も形を変えながら続いています。
1953年、街頭テレビの前に集まった人々にとって、テレビは「未来からやってきた箱」のような存在だったのかもしれません。
今では当たり前になったテレビも、かつては人々が街角に集まって見るほど特別なものでした。
8月28日の「民放テレビスタートの日」。
今日はテレビのスイッチを入れながら、ほんの70年余り前、日本人が初めてテレビに熱狂した時代に思いを馳せてみるのも面白いかもしれません。
一台のテレビを囲んだ人々の驚きと興奮。
そこから、日本のテレビ文化の長い歴史が始まったのです。
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★★★カラーテレビ1
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c気が付いたら自分がいた。
自分がいると気が付くと、何もかもが思い通りにならないことに気が付いた。
さらに、自分がどこにいるのかわからなくなった。
そして、自分が自分と信じていたけど急に自分が誰かわからなくなった。
自分が誰かわからなくなると、なぜ、自分がここにいるのかわからなくなった。
なにをしていいのかわからない、どこに向かっていいのかもわからない。
自分はこれからどうすればいいのかわからない。
すると、自分が無能で無意味で無価値なことに気が付いた。
無能で無意味な僕だけど
それでも、なぜか生きている
無意味で無力な僕だけど
それでも、なんで生きている
無力で無価値で才能なんてない僕だけど
それでも、努力を重ねている
実らない努力で無駄な労力に感じるけれど
それでも、努力するしかない
実らない夢、かなわない願望
無駄な努力
それでも僕は進まなくちゃいけない。
進んでも進んでも終わりが見えない。
先の見えない未来に絶望
だから何もしなかったら、奈落の底より下に落ちてゆく
落ちていく中で希望が初めて見える。
無能で、無意味で無力で無意味で無価値だから自分のこれから努力で創るしかないんだ
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名言を通して、問い、自分自身見直す。それが私にとっての哲学の訓練としています。
もちろん、偉人の言葉だから名言なのか、名言を言うから偉人なのかは無関係です。
ですが、私のような凡人が名言を言ってもそれは、名言であることはかわりません。
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Sun Of Night
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口調
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