私の魂ははたして私の私有物であろうか。
こんにちは。呟き尾形です。
私の魂ははたして私の私有物であろうか。
あるいは神の所有物ではあるまいか。
私は魂の深い性質の内には、
自分の自由にならない、
ある公けなもの、ある普遍なもの、
自己意識を越えて能(はたら)く
堂々たる力があるような気がする。
(倉田百三「愛と認識との出発」)
通常、私たちは、自己意識や自由は魂に固有のものだと感じられます。
とはいえ、時として、とても、自分の物ではないと感じるようなことが起こります。
これは、自己は実体を持たず、万物と一体であるという考え方で説明できます。
各自が、実体を持つことなく、万物と一体であれば、個々の経験や自由が他者と共有される普遍的な要素を持ちえます。
普段は、自分の心として機能していますが、万物につながり、他者の経験が共有されるとき、それを、自己超越的な体験として認識されうるのです。
それは、誰であろうと、個々の限界を超えて豊かな力が発揮される可能性を示しています。
たとえば、無能な私が、万物と一体であるのなら、有能なあなたともつながっており、有能なあなたの可能性を、無能な私が持ちうるということです。
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★★★_平凡は非凡にまさる
平凡は非凡にまさる
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●12月6日は聖ニコラウスの日です。
●聖ニコラウスの日
12月6日は聖ニコラウスの日、または、サンタ・クロース・デー、はたまたは、ミラの聖ニコラウスの祝日とも呼ばれています。
聖ニコラウスは子供・結婚前の若い女性・商人・質屋・薬剤師・ロシアの守護聖人で、サンタクロースのモデルと言われています。
そのためか、オーストリア・オランダ・ベルギー・スイス等では、この日に子供たちにプレゼントを贈るそうです。
サンタクロースが、聖ニコラウスになるのは、違和感を感じるかもしれませんが、これは発音とヒヤリングの問題なのだとは思います。
英語では、聖ニクラウスは、聖(セント)クラウスになり、セントがサンタ、クラウスがクロースに聞こえたのではなかろうかと思われます。
さて、サンタクロースといえば、贈り物です。
これは、聖ニコラウスは子供の守護者とされていたためのようですが、他にも異説があり、このプレゼントの習慣はさらに古くローマの風習まで遡るとも言われています。
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聖ニコラウスの日
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名言を通して、問い、自分自身見直す。それが私にとっての哲学の訓練です。
で、偉人の言葉だから名言なのか、名言を言うから偉人なのかは無関係です。
ですが、私のような凡人が名言を言ってもそれは、名言であることはかわりません。
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