ひとりひとりの子どもたち
こんにちは。呟き尾形です。
ひとりひとりの子どもたちの、
内部に眠っている宝のような何かに届く大人の眼差しがいま、
求められているのではないでしょうかる。
─ 手塚 治虫 ─ (『ガラスの地球を救え』)
親がなくても子は育つとはいいますが、子どもの可能性を広げるためには、親が見守ることも大切です。
見守りとは、ただ見るだけにとどまりません。
見ていて、心配なことが起こったら、いつでもサポートできる準備をするのが、見守りです。
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●1月18日は、振袖火事の日です。
●振袖火事の日
1657年(明暦3年)1月18日。
「振袖火事」が起きた日です。
振袖火事は、明暦の大火のことで、明暦3年1月18日(1657年3月2日)から1月20日(3月4日)にかけて、当時の江戸の大半を焼失するに至った大火災です。
現在の文京区本郷・本妙寺より出火したそうです。
この明暦の火災による被害は延焼面積・死者共に江戸時代最大で、江戸の三大火の筆頭としても挙げられるそうで、外堀以内のほぼ全域、天守閣を含む江戸城や多数の大名屋敷、市街地の大半を焼失したという大火事です。
火災としては東京大空襲、関東大震災などの戦禍・震災を除けば、日本史上最大のものだそうです。
世界でも、ロンドン大火、ローマ大火と並ぶ世界三大大火の一つに数えられることもあるほどです・
この振袖火事をうけて、防災への取り組みも行われ、幕府が消防組織を発足させることになります。
さて、この振袖火事、なぜ、振袖火事とよばれるようになったかというと、いわくつきの振袖を供養のために火中に振袖を投じようとしたとき、強い風が吹き、振袖は火がついたまま空に舞い上がり、本堂の屋根に落ちたことが、この火事の火元だといわれているからだそうですが、これが事実かどうかはわかっていません。
実際、明暦の大火は、上記の、本妙寺失火説の他、幕府が江戸の都市改造を実行するために放火したとする幕府放火説、実際の火元は老中・阿部忠秋の屋敷で、それを隠蔽するために、本妙寺が火元とさせた本妙寺火元引受説などがあるそうです。
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★★★星座
名言を通して、問い、自分自身見直す。それが私にとっての哲学の訓練です。
で、偉人の言葉だから名言なのか、名言を言うから偉人なのかは無関係です。
ですが、私のような凡人が名言を言ってもそれは、名言であることはかわりません。
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