進歩したければ、自己批判してみましょう
こんにちわ。呟き尾形です。
自分こそ正しい、という考えが、
あらゆる進歩の過程で最も頑強な障害となる。
これほどばかげていて根拠のない考えはない。
― J・G・ホーランド ― (アメリカ作家)
一般に、それが普通である。と考えるとき、自分の価値基準で判断するものです。
しかし、普通とは、他と比較して変わりのないことです。
すると、必ずしも自分の価値基準が正しいとは限らなくなります。
自己批判することなく、自分が正しい。
と考える事は、自分の都合の良いことしか考えられず、結局のところ、既存の価値観にしがみついていると言うことになります。
既存の価値観にしがみついているということは、進歩の過程において、障害になります。
自分の普通とは、思いこみであり、根拠のない考えだということです。
ためしに自己批判をしてみれば、わかります。
自己批判は結局のところは、自分の結論は正しいかどうか検証するということであり、自己検証とほぼ同意と思います。
検証をする。
ということは、自分の普通に照らし合わせてなんとなく、「そう思うから」、「説明するまでもない」、「常識だから」、ということを根拠にではいわゆる心理主義や独我論のような「私が正しいと思うから正しいのだ」ということになってしまいます。
それは検証とはいえません。
検証とは物事の真偽を確かめる行為であり、真偽を確かめるためには、前提として真が存在していないと、真偽の確かめようがないからです。
もちろん、自己批判がきちんと手順化、あるいは、言語化されていなければ、自己批判ではないとは言いませんが、自己批判をしている。と言うからには、その自己批判がきちんと手順化あるいは言語化されているものだという先入観をもっています。
つまり、自分の普通は根拠になりえない。ということになります。
★★★
ヾ(@^▽^@)ノ (☆o☆)キラキラ 。(*^ε^*)oにんまりぃ♪
白い時計塔のある村
Σ( ̄□ ̄;) (?ロ?ノ)ノ (◎-◎) (゜◇゜)~ガーン
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