ダンス・ダンス・ダンス・・・(呟き尾形の本棚) 踊るんだよ
(*^0^*)(☆o☆)(◎-◎)(ー_☆)(#^∇^#)/(^¬^)
呟き尾形の本棚・・・010号
(-_-;)(ToT)凸(●―●メ〇o。.(-。-)y-~~~メテオ!( ・_・)ノ ミ★
物語を読めば、いろいろな顔になれるよね♪ d(⌒o⌒)b♪
本日紹介する本・・・ダンス・ダンス・ダンス
ダンス・ダンス・ダンス〈上〉講談社文庫
と
ダンス・ダンス・ダンス〈下〉講談社文庫
登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人物の台詞です。
「こんにちわ。みなさん。ムーシコスです」
ブォン ジョルノ クニークルスだ。
『こんにちわ。呟き尾形です』
「あ、なんかサイクルが早いね」
怠け者の呟き尾形が珍しい。きっと明日は槍がふるぞ。
『うるさい』
「今回は、村上春樹著 ダンス・ダンス・ダンスの紹介です」
『村上春樹といえば、代表作といえば、ノルウェーの森でかなり話題を呼んだ作家です。
村上春樹と聞けばノルウェーの森を思い浮かべる方や、また、ノルウェーの森なら読んだ事のある方がいらっしゃるかもしれません。
ただ、私が最初に読んだ村上春樹の小説は今回紹介する、ダンス・ダンス・ダンスでした。
このダンス・ダンス・ダンス。
デビュー作の『風の歌を聴け』を筆頭として、『1973年のピンボール』から『羊をめぐる冒険』の3部作で1970年代の魂の遍歴を辿ったと村上春樹ですが、その続編として、ダンス・ダンス・ダンスがつづられています』
いきなり続編を読んでわけがわからなかったんじゃない?
『その通り。でも、それは、それ。クニークルスお得意のいい加減さで、細かいことは気にせず読み進んだのです』
・・・シニョール呟き尾形もいいかげんだなぁ。
「僕もそう思う」
『い、いや、それよりも、内容の紹介に入りましょう』
あ、逃げた。
『・・・さて、このダンス・ダンス・ダンスはさっきの3部作の続編と言うこともあって、村上春樹ワールドの集大成といってもよい小説で、さまざまな村上春樹の小説の中のモチーフがまとめられています。
主人公の「僕」が感じ取る社会に対する違和感、喪失感から紡ぎ出される、心の旅路はどこからどこまでが現実で、どこからどこまでが幻であるかが区別がつかないほど、どちらにもリアリティーが存在します。
特に、無気力になりかけた主人公に影が語りかける言葉
”踊るんだよ”
何もしないで悩むのではなく、あるいはただ、待つだけではなく、何も考えず、ただ踊ろう。
考え、悩むことも必要だけど、踊る(行動)することを忘れた思考は無意味だ。
私はそんな風に感じ取りました。
もちろん、著者、村上春樹が伝えたかったシンプルな一言は違ったと思います』
え? じゃぁ、何なんだい?
『それは、読んでからのお楽しみだと思います。
小説の価値は必ずしも、著者の意図するメッセージが伝わらなくても良い場合があります』
「でも、小説家は物語を通して、読者に何かを語り掛けたいから、伝えたいから小説を書いているような気がするけど・・・」
『確かに著者から見ればそのとおりです。
しかし、国語の授業のように著者の顔色をうかがって小説を読むことは無意味だと思います。むしろ、読者が感じたいように感じ、そこから、読者なりの回答を導き出すことが小説の醍醐味であると考えています。
著者のシンプルな一言は伝わればよいだけで、必ずしも共感する必要はないと思うのです。
ただ、国語の授業の場合は、テストの正解を導き出すという仕組み上、著者のメッセージを強要してしまう形になり、国語の授業がつまらなくなり、いわゆる活字離れが進んでいると思っています。
もちろん、読解力は必要ですが、読解力だけが国語ではないということです。
私の場合、ダンス・ダンス・ダンスを読んだ時、踊ることによって得たものについてかたった、おそらく、村上春樹のシンプルな一言よりも、”踊るんだよ”というメッセージの方が力強く印象に残ってしまったのです。
小説の醍醐味は読者が感じたいように感じることが許されるメディアであり、それと同時に小説の著者も同じ自由が許されていることにあるのだと思います』
なんだか、本の紹介というより、呟き尾形の小説論みたいになったぞ。
「”論”というにはお粗末だから小説観じゃないかな」
『ムーシコスも手厳しい・・・』
ま、現実だから仕方がない。
それじゃ、アルデベルチ。
★
ヾ(@^▽^@)ノ (☆o☆)キラキラ 。(*^ε^*)oにんまりぃ♪
白い時計塔のある村
Σ( ̄□ ̄;) (?ロ?ノ)ノ (◎-◎) (゜◇゜)~ガーン
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