敗北哲学
こんにちわ。呟き尾形です。
勝利哲学というものは、聞いたことはあっても、敗北哲学などというものは聞いたことがないでしょう。
なので、敗北哲学と言うやつをちょっと提案してみたいと思います。
これは、勝つことからさまざまな物理的な利益は多くとも、学ぶことは少ないのことが多いようです。
むしろ、勝ち続けることにより、慢心が生まれ、その人の成長にとってマイナスになることすらあります。
それに対し、勝負に敗北した後に、その敗北を「負けました」と勝者に頭を下げることで、敗北によって、物理的な損失はあっても、学ぶことを得られるということです。
敗北して、あれこれ言い訳するのでは学べません。
敗北を敗北として認めること。これはとてもとても、辛く苦しいことです。
辛く苦しいことは、強い負の印象を与え、そうならないために、創意工夫と日々努力をかさねることが自然に出来ます。
そもそも、成長というのは、辛く苦しいことにならないために行われるものなんじゃないかと考えています。
まぁ、口で言うのはたやすいですが、行い難しです。実際、やろうとすると、なかなか出来ませんから。
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