カテゴリー「哲学」の49件の記事

共謀罪 17 共謀罪は、どういった法律になるべきなのか?

共謀罪 17 共謀罪は、どういった法律になるべきなのか?

 共謀罪は、反対ばかりをとなえていてはいられません。
 なぜなら、共謀罪は、国際条約に基づいて、各国で国際テロリストを取り締まるように協力を約束したからです。

 実際、国際テロを取り締まること自体は、テロの防犯になるわけですから、国民にとって有益なことです。

 そこで、私としてはどんな要望をするかということを上げておきたいとおもいます。


・共謀の捜査に盗聴を禁止すること
・罪を実行していない一般市民には適用されないこと
・国際犯罪に限定すること
・共謀罪の運用に規制ないし、第三者の監視をつけること

 というものです。

 今のままでは、盗聴は禁止していないし、犯罪の相談をしたかもしれないというだけで逮捕され、警察の判断で共謀罪が適用されてしまいます。
 不適切な共謀罪の適用を無くすため、第三者の監視をつける必要があるでしょう。
 また、共謀罪の根拠は国際犯罪を取り締まるための条約ですから、国内犯罪に適用させなければいけないということにはなりません。

 一方で、上記のような条件は、これだと法の運用を考えない、骨抜き案になってしまいかねないという指摘もあります。
 通信傍受については、裁判所の礼状を得て行うことができるもので、それをテロリストを相手の場合にだけ禁じ手にする理由がないといういけんのようです。
 一見正しそうに見える指摘のようですが、上記の意見の前提には、通信傍受の対象がテロリストであるというものがあります。
 しかし、この前提は、奇妙奇天烈なものです。
 なぜなら、通信傍受する対象は、テロリストの疑いがあるたけで、テロリストとは限らないのです。
 つまり、冤罪の可能性があるのに、テロリストを相手にしているという前提は、捜査段階では成立しないはずなのですが、すでにその前提を成立させてしまっているのです。

 さて、共謀罪は、「罪を実行していない一般市民には適用されないこと」は、当然必要条件であるといいえます。
 しかし、「一般市民」と「テロリスト」の区別をどこでつけるのかという大変難しい問題があります。
 もちろん、テロリストとテロの共謀をするのは、もはや「一般市民」ではなくテロ組織の一員(テロリスト)だという判断も不可能ではありません。
 しかし、現在の共謀罪は、計画を考えただけで適用可能になっています。
 現在、日本の犯罪の取り締まりは、凶悪な事件であっても、犯罪の準備の段階でしかとりしまれません。
 共謀というのは、計画段階であり、犯罪の準備以前となります。
 こうなると、本当にテロリストとテロを共謀しているのかわかりません。
 せめて、テロの準備という段階がなければ、その証明はできません。
 疑惑だけでは冤罪を増加させます。
 冤罪は本来あってはならないものであることは、言うまでもありません。


 それに対して、共謀罪法案がそのまま通ると、犯罪の合意(実際のその犯罪の準備すらされなくても)の時点で取り締まれます。
 犯罪の準備もしていないものをどうやって合意したのかということが警察に証明はまずできません。
 この結果、冤罪を沢山発生させる法律になりえるわけです。


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民主主義について 後編

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

民主主義について 後編
  民主主義とは、少数の意見であるから無視するのではなく、少数の意見を
皆で吟味して議論をして、皆にとってより正当で、より良い方法を見つけ出す
考え方なんだよね。
 決して選挙と多数決があるから民主主義ってわけじゃない。

 でもね、
 現代日本における教育において、民主主義とは多数決であるという教わ
り方をしてるんだよね。実際。
 違うんだよね。
 1000人の中の999人が同じ意見だって、1人の意見が正しい意見
(説得力のある意見)なら本当は、それを採用することができるのが民主
主義なんだよね。
 もちろん、それは理想であり、理念だし、現実の日本は衆愚制に限りな
く近い状態。
 ちゅうか、もう衆愚ってやつ?
 実質、衆愚だといってもいいだろう。そんな現実の中、それでも、日本
は民主主義の国だ! と言う人が大多数。
 大勢の人の意見は必ずしも正しいということではないのにも関わらず、
それが是認されるという現実。
 共和制から衆愚制に代わっているともいえるわけ。
 ま、私、呟き尾形の杞憂ならいいけどね。
 
 じゃぁ、なんで衆愚制が善くないかというと、まず、多数派だから正し
いという根拠で多数派の意見が採用されること、次に多数派の都合によっ
て正しい意見が無視されたり、正しい理論が捻じ曲げられるという点だ。
 どんな風に善くないかというと、多数派であることを根拠にしても、上
述している通り、大勢の人の意見は必ずしも正しいということではないの
で、そもそも正しくない判断が、公然とされてしまうという善くない点。
 次が、正しいのち無視されたり、正しい理論が曲げられちゃ、良い結果
なんかうまれるわけがなかんべぇっちゅうわけです。
 たとえば、1+1=2であることは誰が見ても正しいとは思うけど、
衆愚制は、これでは都合が悪い人が沢山いて、いやいや、1+1=1だよ。
と大多数の人が言い張ればそれがまかり通ってしまう。
 こりゃまずい。
 いうまでもないが、1+1=2であることは公理において正しい。
 きちんと理論的に話し合いができれば、10人中9人が1+1=1だと
主張したとしても、それは、そもそも間違いなんだから、1+1=2が正
しいことは説明されることで、10人は全員1+1=2だと採決するはず。
 でも、衆愚制じゃ、それはムリ。
 でも、民主主義の理念はその正反対。
 じゃぁ、どうすれば、民主主義の理念が行使できるかってなると、これ
がまた難しい。
 もちろん、難しいけれど不可能じゃぁない。
 たとえば、民主主義の本場、アメリカにおいて、民主主義の理念を突き
通すシステムがある。
 それは、陪審員制度の中の採決の採用の方法。
 複数の陪審員において、有罪、無罪を決めることにおいて、10人中9人が
有罪だと判断しても、一人が無罪であると主張すれば、採決できない。
 もちろん、採決できないから、有罪でも無罪でもない。
 全員一致でなければ、採決はできないわけ。
 もちろん、全員一致で採決するということは、全員を納得させるだけの理論
はそこに存在するということになる。

 とはいいつつも、それでは、現実的な問題を処理し続けることは不可能に近
いんだよね。
 理想は理想であり、言うはやすし、行うは難しです。

 なんにしろ、共和制は衆愚制に移り変わりやすいという問題点を抱えている
んだよね。
 あ、でも、問題は解決されるためにあるんだから、解決しようよということ
をいいたいんだよね。

 なんにしても、民主主義というのは、その解決策としての一つの方法論でも
あるんだよね。それだけに、民主主義が衆愚になるのだけは避けたい。
 そう、避けたいんだよね。

 だから、私、呟き尾形は民主主義者である。と自ら言うことで、理念を忘れ
ないように自戒するわけ。
 理念を忘れれば、なんでもかんでも形骸化するからね。

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民主主義につてい 前編

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

民主主義につてい 前編
  私、呟き尾形は、民主主義者である。
 え? と思われる方が多いと思うんじゃないかな。
 日本において、民主主義じゃない人はいるのだろうか? と思われると推測
するからなんだよね。
 実際、現代において、民主主義=多数決という観念倒錯が生じているという
現実。もちろん、民主主義において、多数決。というのも一つの手段なのは認
めるけど、その手段を持って民主主義と言うのは、ヘン。
 だって、バットとボールを使っているから野球だ。なんていえないよね。
 確かに野球かもしれないけど、ソフトボールかもしれないし、単純にバッティ
ングセンターで遊んでいるだけなのかもしれない。
 野球をアレンジしたスポーツかもしれない。
 つまり、本当は手段や道具が使われているからというのは、根拠にならない。
 手段が本質じゃないってこと。

 実際、民主主義と言うのは、少数の意見であってもきっちり議論して、その正
当性を検討するはずだけど、国会を見れば火を見るより明らかだよね。形式だ
けの議論、政党の対立、結局・・・「議席数」。
 さらに、一人の議員が質問したい。と思うことも質問できなくて、たしか10人か
20人ぐらいの議員が、同じような質問をしたい。意思表示しないとできない仕組
みになっているんだよね。
 ちょっとまて、議員になっているということは、それなりの投票を受けたわけだか
ら、議員一人でもかなりの数の国民の声なんじゃないか?
 とおもわなくもないんだけど、現実はそう。まぁ、きっと、わがままを言い出す幼
稚な議員がそれだけ多いってことなんでしょうね。

 まぁ、現代においてもそんなわけ。とても民主主義なんていえないでしょ?

 で、民主主義の根本は共和制でなんだ。
 そもそも、共和制というものは、衆愚という危険性をはらんでおり、アリス
トテレスも、プラトンもその衆愚の危険性を考え、共和制については批判的な
のは、ちょっと調べればすぐ分ること。
 プラトン、アリストテレスといえば、ギリシャの哲学者だが、当時のギリシ
ャは、共和制の発祥の地といえるほど、共和制が発達したところである。
 その共和制の土地柄なのに、哲学者が共和制に対して批判的だというのは、
決して偶然ではないんだよね。
 共和制の社会において、共和制に批判的であることはあまりないんだよ。
 だって、共和制の社会において、共和制に批判的であれば、あっさり君
主制やら貴族制などに取って代わられるからね。
 そんなもので、共和制社会において、共和制こそ良い制度であるという意見
が多数であるから、共和制社会が成り立つということになる。
 問題の種はここ。
 大勢の人の意見は必ずしも正しいということではないのにも関わらず、そ
れが是認されるという現実。
 いわゆる、衆愚制になる大きな可能性が含まれているんだよね。
 プラトンや、アリストテレスが懸念しているのは、この問題点なんだよね。

 昔の話じゃ、ちょっとリアリティーがないかもしれないから、ちょっと現
代の例をだしてみよう。マスメディアというテレビの報道じゃ、世論、世論
とさわぐけれど、世論だから正しいというわけじゃない。
 実際、振り返れば、世論が正しくない結論をだしていた。なんてことは普
通にあること。
 つまり、世論は一切根拠にはならない。
 たしかに、大勢の人の意見は参考意見にはなるけれど、それは議論ない
し、話し合いがされた結果によるものではなく、個人がどのように感じるか
という主観をアンケートとして集計したにすぎないという事実を踏まえない
と、衆愚制になるわけ。

 じゃぁ、民主主義って何よ。という話になるよね。

 ちょっと長くなったので、それは、次回というこで。

 
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哲学の魅力(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。


哲学の魅力
  哲学の魅力について考えてみた。
 いやね、哲学って敬遠される傾向にあるし、なにが哲学だよと鼻で笑われる
こともある。逆に哲学はものすごく高尚で自分の手には負えないとも思えてし
まう。
 けど、共通しているのは、哲学と聞くとなぜか耳を傾けたくなるってこと。
 それはなぜか、それは自分の考えであると同時に他人の考えである、つま
り、お互いを理解しあいたいという人間としての根本的な欲望のせいだと思う
わけ。

 じゃぁ、哲学って何? といわれると、まず、哲学とは問う学問であると答
えたくなる。
 これに異論を唱える人は少ない。
 哲学史に名を残すような哲学者は、みんな、当時の常識を問いただしたから
ね。
 で、デカルトあたりは、方法的懐疑といって、哲学の方法として、懐疑を持
ち出した。
 懐疑。とどのつまりは、疑うこと。本当は、鵜呑みにするなよ。という意味
なんだろうけれど、言葉からは、疑心暗鬼を連想させる。
 鵜呑みにせずに疑うことというと、どういうことかといえば、自問自答のこ
と。
 疑うというのは、言葉通りに信じられないことだからね。
 それが疑心暗鬼ともとれるし、自問自答ともとれる。ここはややこしいとこ
ろ。
 で、一般的に、「当然」とか「前提」とか「常識」と受け入れられるもの
は、言葉通りに信じられるからこそ、「当然」とか「前提」とか「常識」とな
りうるわけで、それをあえて疑う。という行為は、単純な疑心暗鬼の状態。
 まぁ、とりあえず疑う。という手順をもって、その根拠を問いただして、根
拠のないモノは、疑えるものとしてばっさり切り捨てる。
 それがデカルトのいう懐疑。
 だから、懐疑という日本語よりも自問自答の方が適切だと思うんだよね。
 つまり、自問自答と疑心暗鬼はまったく違うってこと。
 疑心暗鬼というは、疑うだけ疑ってさらなる疑いを生み出すこと。
 自問自答というのは、「分らないことを自分で質問しておいて、自分で答え
る」という意味。
 なぜ、「当然」とか「前提」とか「常識」が「当然」とか「前提」とか「常
識」たりえるのか、自問自答する。

 だから、哲学において疑う。というのは、自分で問いっぱなしな訳ではな
く、その答えを自分で出すってこと。
 繰り返すけれど、疑心暗鬼は、闇雲に疑うだけ。
 この差は大きい。
 もちろん、自問自答した結果、わからない。という答えだってOK。
 わからないから勉強するし、わからないなりにわかることだって沢山ある。
 わからないところがわかるだけでも、ものすごい進歩だしね。

 それが、哲学の面白いところ。
 それが、哲学の魅力。
 たぶん、それが、哲学。

 私、呟き尾形はそんな哲学を共有してみたい。と常々思うわけです。

 なんたって、自分で考える醍醐味がある。
 その考えを他人に説明する醍醐味がある。
 他人の哲学を知る醍醐味がある。

 十人十色というけれど、自分の色を知りつつも他人の色を知ることができる
と視野が信じられないほど広がる。視野が広がると楽しみ方、満足の仕方が広
がる。すると、幸せになりやすい。
 相反する意見を持っている人の意見、まったく関係ないような意見を持って
いる人の意見。これを知り、認める。
 まぁ、無理やりルールを決めてこれでやろう。という古い考えもあるし、
それはそれで合理的だと思うし、なにか具体的なことを一緒に達成しようと
するなら、むしろその方がとても良い。
 でも、もそっとグローバルな視野ってやつを持つと、別にルールに縛られる
必要もなくなり、自問自答の幅がググッと広がる。
 自問自答の幅が広がると、沢山哲学ができる。
 沢山哲学ができるということは、、哲学の魅力を沢山味わえるわけなんだよ
ね。

 だから、哲学と聞くとなぜか耳を傾けたくなる。
 それは自分の考えであると同時に他人の考えでだから。つまり、お互いを理
解しあいたいという人間としての根本的な欲望があって、それができるひとつ
の方法が哲学の魅力だと思う。

★★★


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はじめての現象学 哲学呟き尾形の本棚(現象学を紹介する本)

はじめての現象学


 はっきり言って、現象学ほど、知らない人にとって難しいものは無い。
 何が難しいかといえば、訳がわからないのだ。
 現象学を勉強すると何が得するのかすらわからない。
 そもそも現象学って何よ?
 実際、私が現象学に出会ったときに抱いた気持ちでした。

 そこで、いろいろ本を探しましたよ。
 で、出会ったのが、
 現象学入門。この本については
 http://son.cocolog-nifty.com/tetugaku/2004/12/post.html
 で紹介したとおりでした。

 で、現象学入門は、現象学について紹介が主だったもので、現象学を知るためには最適でした。判りやすいし。
 現象学入門は、現象学をわかりやすく解説するものでした。
 ただ、現象学についてはある程度はわかったような気はするけれど、それがいったい何の得になるの? 何がどうなるの?
 という疑問があがってきました。
 すると、今回紹介している「はじめての現象学」と言う本と出合えることが出来ました。
  現象学入門は、現象学をわかりやすく解説するものなら、「はじめての現象学」は、現象学によって判ることが書いてあります。
 どういうことかと言うと、
「それがいったい何の得になるの? 何がどうなるの?」
 という疑問に応えてくれる内容だったのです。
 つまり、現象学を実践するための心構えというかマニュアルに近い内容になっています。
 これを読んだ後に「現象学入門」を読むと、さらに現象学の理解が進みます。
 だったら、最初に「はじめての現象学」をよめばいいじゃん。
 と思われる方もいるでしょう。
 しかし、出版した順番の問題なのかもしれませんが、「はじめての現象学」は、「現象学入門」を前提にして書かれているようで、ある程度、現象学についての知識を持っていないと、分からないところが多々出てくるように思います。
 ですから「現象学入門」→「はじめての現象学」→「現象学入門」という、一見、邪道な読み方をお勧めします。
 おっと、肝心の図書の内容ですが、現象学の登場によって、既存の西洋哲学の「原理」と現象学の「原理」を比較しているのはかなりわかりやすいと思います。
 その上で「現象学的還元」とは、どんな考え方かとか、「本質直感」の理解についてなど判りやすく書かれています。

 また、さりげなく、哲学者の名前が出てくるので、手元に
 「哲学入門」
http://tetuhon.jugem.cc/?eid=31
 をおいておくと便利です。

 おっと、「はじめての現象学」のいいところは判りやすさと同時に、重要な部分は太字で書いてあるというものがあります。
 これは、読み終えた後、復習するときに便利で、手元においておきたくなる本になるでしょう。



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数学の前提(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

数学の前提
  私、呟き尾形がふと思うことは、案外、人って、妄信というか、大前提にし
なくちゃいけない部分がある。
 現象学ならエポケー、宗教なら神様、心理学なら心理学のモデルあるいは用
語。西洋占星術なら天動説、数学なら数。
 数を疑う? できるんだろうか?
 疑うことはそれほど難しくは無い。なにせ、数なんてだれも色も形も知らな
い。さわったことがある人なんていない。
 だから、試すことはできない。
 ゆえに、数というのは、疑いだすと、きりが無い。

 もちろん、本気で疑う人なんていないけど、実際、とある人にそれを言った
らおこらちゃった経験をもっているんだよね。
 たとえば、実際、リンゴが一つあって、みかんが一つあって、1+1は2だ
けど、2このリンゴなわけないし、みかんが2こなわけがない。果物が2こと
言えば良さそうだけど、ここがものすごいわからないところがあって、
1=1。ということはリンゴ1こ=みかん1こ?
 見た目にわかるよ。でも、数えると2。
 たしかに。でも、重さも形もちがうのに、同じ1にしてよいのだろうか?
 それが通用するなら1リットル+1CCは2になってしまう。
 もちろん、リンゴ1個とみかん1個は見た目は2だけど、リンゴ2固になる
わけじゃないから、単純にたせるわけじゃない。1+1=1+1にすぎない。
 1リットル+1CCだって、単純に単位さえあわせましょう。というルール
を作ればいいというより、もうできている。

 なんにしても、数学は公理があるから大丈夫。
 でも、よくよく考えてみると、その公理の根拠ってぜんぜんない。
 もう、公理を疑ったらはじまらないから、公理だから正しい。としかいえな
いわけ。

 これは、理科の教師から「君たちは1+1=2である理由を理解していな
い」
 と問われ、授業を終わってから、いろいろ自分なりの回答をその教師にした
ことがあったんだけど、返答は、
「じゃぁ、粘土が1こ。もう一つの粘土が一つ、それをあわせたら?
 リンゴを半分きったのを1ことして、もう半分のリンゴ1こ。半分同士のリ
ンゴをあわせたら?」
 という反問。
 今でも悩んでいることだけど、いまやっても、どちらも1+1=1。
 たとえば、リンゴをかたちどった粘土とみかんをかたちどった粘土。
 気に入らないから、スイカをかたちどったのを粘土でつくろう。
 あ、粘土がたりないや。じゃぁ、リンゴとみかんの粘土をあわせてリンゴを
つくちゃえ。
 ありゃ、すいかが1こだけだ。
 
 リンゴ1こ+みかん1こ=スイカ1こ
 
 まぁ、我ながら馬鹿馬鹿しいとはおもう。
 んなもん、粘土の重さではかればいい。
 あれ重さ? 見えない・・・。触っても重さは数えられない・・・。どう
やって対応させよう・・・。
 どうしよう・・・。

 もちろん、数学にいちゃもんつけるつもりはないし、疑うつもりはない。
 ただ、この疑問をどうやって自分なりにいろいろかんがえている。ってこ
と。

 こうして、自答自問することで、数学の使い方をもっとかんがえようという
こと。
 それが哲学のような気がするんだよね。

 


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図解雑学 哲学呟き尾形の本棚(その名のとおり、哲学入門の本)

 自称哲学初心者の方で、奇妙奇天烈な哲学者の名前を見たら、これを手に取ることをお勧めします



図解雑学 哲学 (単行本)
貫 成人 (著)

 この本のコンセプトは著名な哲学者の考えをコンパクトに解説することですから、とりあえず、奇

妙奇天烈だった哲学者の名前に親近感を感じてくる著書です。
 大まかな西洋哲学史や東洋思想史の流れを追っていますし、文字ばかりの哲学書に対抗するように、図や絵を用いて分かりやすさはピカ1です。
 さらに、難解なはずの哲学ですが、文章もわかりやすい著書です。

 ただし、中級者以上には、物足りない上に、不満を感じるかもしれません(厳密に言えば間違っているといえなくないところもたしかにあります)が、そこは、入門書ということで、カンベンしてください。
 中級者以上の方には、ちょっと復習したり、内容を思い出すためのインデックスになるので、便利だと思います。


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大きな物語について(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

 大きな物語について

 大きな物語。これはどうも、ある大きな集団を組織という単位をし、それを構成する構成員を組織と言う大きな枠組みを纏め上げるためのシステムの比喩といってよさそうだ。
 まぁ、組織の中での共有している理想だといえるだろう。

 国家においては、イデオロギー。
 思想においては、理念。
 経済においては、労働。
 こんなところなんだろうね。

 で、この大きな物語。
 欠点はあるけど、大いに有効だと思っている。
 だって、イデオロギーにしろ、理念にしろ、労働にしろ、こうしたものを共有できるって社会が一つにまとまる事を意味するわけだから、それは、いろいろと都合のいい事があるわけ。

 とはいいつつも、みんな、ちがってあたりまえの、自分勝手な個人主義が信奉されるご時勢。
 その大きな物語は崩壊しているんだよね。

 大きな物語が死んだとか、なくなったとか言われているけれど、それは、大きな物語という風船に個人の欲望という空気を入れすぎてパン
と破裂しただけの話。
 それだけをみれば、確かに大きな物語って死んだともいえるし、なくなっ
たともいえる。
 それは認める。

 でもね、それでも私たちは大きな物語ってやつを求めて、欲望をつめたがるんだよね。
 ま、それが人間としての欲望って言ってしまえばそれまでなんだけどね。

 だから、私、呟き尾形が描いている青写真は至極単純。
 この地球をでっかい風船にして、個々の風船をその中で飛ばそうよってこと。
 そのときは、「君は紙風船だから風船じゃないよ」とか、「君の風船小さいね」とかというのは、恥ずかしい言動だ。という価値観に持って生きたいんだよね。

 そういうのを今から作ろうぜ! というのが私、呟き尾形の理念ってことになるのかな。


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甲殻機動隊で哲学

 甲殻機動隊で哲学

 こんにちわ。呟き尾形です。
 『甲殻機動隊』というアニメ(漫画)はご存知でしょうか?
 『甲殻機動隊』は面白く、克、哲学的思考を刺激する作品だと思います。
 どこが?
 ですって?
 それは見てのお楽しみですが、それは、『私は誰?』の問いを繰り返し問い掛けているのです。
 とりあえず、例を出してみましょう。偽の情報を疑似体験させられ、現実世界でそれを真実だと確信している人すら存在しています。
 そのワンシーンです。
----------------------------------------------------
 暗い取調室にスタンドライトだけがひかって青白く男を照らしている。
「疑似体験ってどういうことですか?」と男。
「だから奥さんも娘も離婚も浮気も全部偽者の記憶で夢のようなものなんです。
 あなたは何者かに利用されて政府関係者にゴーストハックを仕掛けていたんです
よ」淡々とした口調で男の容疑を説明する刑事。
「そんな・・・、まさか!」呆然としたまま応える男。
「あんたのアパートに行って着たんだ。誰もいやしない独り者の部屋だ」
「だからあの部屋は別居のために借りたアパートで・・・」
 刑事の言葉を否定する男。
「あんたはあの部屋でもう10年以上も暮らしているんだよ!」テレビの風景が奥さんと思われる映像が写り、それが架空のものであることを無言であることを強調されつつ、テレビは無意味なCMに入り、刑事は言葉を続ける「奥さんも子供のいやしない! あんたの頭の中にだけ存在する家族なんだよ!
 御覧なさい。貴方が同僚に見せようとしていた写真だ」
 刑事は1枚の写真を男に手渡すと、男は信じられないと言った表情で写真を凝視すした。
「・・・誰が写っています?」
 刑事は無機質な声で質問をする。その写真には、男だけが写っていた。
「確かに写っていたんだ。
 オレの娘・・・まるで天使のように笑って」
「その奥さんの名前は?
 奥さんとはいつどこで知り合い何年前に結婚しました?
 そこに写っているのは誰と誰です?」
「そのウソの夢。どうやったら消せるんです?」
 写真を凝視しながら男は呟くように刑事に質問したが、刑事は首を横に振った。
----------------------------------------------------

 紹介が長くなりましたが、このように、疑似体験も夢も存在する情報は全て現実であり、そして幻でしかないわけです。
 それを踏まえると、自分の認識する上で、記憶は自分を認識する証拠にすらなりえないわけです。

 特に、
 1・自分の身体
 2・自分の声
 3・記憶
 4・予感
 と上記の4つが、自分というものを認識するために必要な要素だと言っています。
 そして、甲殻機動隊の主人公の草薙素子は、上記の4つの内、自分の身体、自分の声、記憶が証拠になりえない状況が成立してしまうわけです。
 自分の身体は(主人公の場合)他人によって造られるものですし、今の自分の声は引用に登場した男のように記憶によっていくらでも捻じ曲げられる。さらに、引用文にあったように、記憶は現実でありながらも幻であることだとすれば、自分を認識するために必要なものの内3つは、決定的な判断材料にならないということになります。
 だとすれば、『私は誰?』という問いに対する応えの根拠はもしかすると、予感のみに限られてしまうかもしれません 皆さんのご意見をお聞きしてみたいです。

 もっとも、私の場合、自分の身体は自分以外の何者でもないと思ってしまうため、草薙素子がいわゆるサイボーグであるという前提であり、自分もそうであったならと考えた場合ですけどね。



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オタクとは何か?(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

 私、呟き尾形は、良くも悪くもオタクであると思う。
 何を持ってオタクとするかは正直、明確な定義が未だできていないのが現状
だろう。
 とりあえず、アニメや特撮、漫画、コンピュータゲームなど、その昔、子供
向けに創作された非現実的な世界に、ある種の強い価値観を置く人々をオタク
としよう。

 つまり、オタクの本質とは、あからさまなファンタジー(幻想)に対して、目の
前の現実的なことよりも高い価値が置ける人ということ。

 そうすれば、私、呟き尾形は胸を張ってオタクと言えるからである。
 これを広義的な意味でのオタクとする。
 いやね、オタクというのが、なんともある分野にとてもとても詳しい存在と
いう意味も時折含まれていることがある。
 たとえば、哲学オタク、歴史オタク、占いオタク、釣りオタク、野球オタ
ク、サッカーオタク、映画オタクなど。これも混ぜてしまうと、誰しも自分の
好きなものに対して詳しくなるのは至極当然で、全ての人がオタクといえてし
まう。それでは、わざわざオタクという分類をするのもあまり意味がなくなっ
てしまう。だから、とりあえず、スッパリ切り捨てる。

 で、わざわざ、広義的な意味でと断ったのは、オタクといっても、いろんな
人がいる。
 一般的に嫌悪されるオタクもいれば、一見オタクじゃないように見えても、
実はオタクという人もいる。というよりも、オタクというステレオタイプに、
多くの人は騙されている。
 いわゆる、同人誌即売会などに行ってみればそれは体験してわかるはず。

 で、広義的な意味があれば、狭義的な意味もあって、それが、一般的に嫌悪
されるオタクとなる。
 一般的に嫌悪されるオタクは、とても閉鎖的で自分の価値観以外認めようと
はしない。というと言いすぎかもしれないが、まぁ、人の話を聞かない。に尽
きる。
 人の話を聞かないのは、自分の価値観において、譲れないところは決して譲
らないというところである。
 譲れないところは決して譲らない。というのは、誰しもあってしかるべきだ
が、オタクの悲劇は、オタクにとって価値のあるもの、こだわりは、社会的に
価値が認められてないという点にある。
 他人と価値が共有できないのだ。
 これは悲劇といわざるを得ない。
 で、価値が共有できないのだから、オタクの価値観が理解できない人は、
オタクを嫌悪あるいは排除しようとする。
 嫌悪と排除は道徳的に悪いことではあるが、人間社会の伝統において、理解
できない価値観、あるいは存在を排除するのは当然となっている。
 つまり、多くの人に理解できないとこで、譲らないわけだ。
 多くの人も嫌悪、排除したがるのは当然のながれともいえるだろう。
 もちろん、オタクだって価値観が違うだけで人間だ。相手が嫌悪あるいは、
排除しようとするなら、自分も嫌悪、あるいは排除しようとするだろう。
 しかし、オタクはその意味においてとても好い人である。
 なぜなら、ほとんどのオタクは、暴力に訴えないからだ。理由は、強固な
価値観があるからだ。
 一般の人は、オタクほど強固な価値観はない。
 だから、一般の人は、暴れているだろう。

 なんにしろ、上述したことが全てだ。というつもりはないが、このような
状況なら、結果的に閉鎖的で排他的になるだろう。

 まぁ、閉鎖的で排他的とも言えるが、オタクの本質はそこではないし、狭義
的な意味でのオタクも、付き合い方さえわかれば、好い人ばかりである。
 違う言い方を言えば、オタクに悪い人はいない。ということである。
 ただし、オタクとの付き合い方がわからない、あるいは無条件で嫌悪し、排
除しようとすれば、悪い人に見えてくる。
 これはしゃーない。
 理解できない存在を嫌悪、あるいは排除しようとする伝統をもっているから
だ。

 で、なぜ、好い人といえるか、閉鎖的で排他的だけど、利己的ではないのだ。
こういった側面だけを見れば、一般の人よりずっと好ましい。
 さらに、閉鎖的で排他的と表現したものの、これは本当は適切ではない。
 閉鎖的で排他的だという表現は今ある社会を前提にしているからなんだけど
ね。むしろ、狭義的なオタクは、現実の社会を凌駕する価値観を持っているが
ゆえに開き直っている。
 もちろん、広義的なオタクも、狭義的なオタクほどではないにしろ、強固な
価値観を持っている。
 結果として、既存の価値観に縛られない。
 しかし、これまであった伝統的な社会はこれまで作り上げた価値観を押し付
ける。この摩擦が、閉鎖的で排他的という現象を引き起こしているだけ。

 で、この開き直りは、なにか?
 広義的だろうが狭義的だろうが、オタクの本質とは、あからさまなファンタ
ジー(幻想)に対して、目の前の現実的なことよりも高い価値が置ける人なん
だよね。
 まぁ、心理学の用語を使えば、アニマなりアニムスをあからさまなファンタ
ジーに投影できる訳。
 これって、いろんな意味ですごいことなんだけど、なぜすごいことか、わか
る人。多分少ないと思うんだよね。
 一言で言えば、争いごとが激減する。
 うまくシステム化できれば、戦争も一切なくなる。テロもなくなる。
 こんな風に聞くと、なんかすごそうでしょ?

 まぁ、情報革命社会における新しい価値観。ってことなんだよね。

 で、オタクとは何か?
 オタクとは、あからさまなファンタジー(幻想)に対して、目の前の現実的な
ことよりも高い価値が置ける人ということ。
 ということで、とりあえずまとめよう。

追記
 ところで、オタクという世間一般の固定観念がある。
 私が、接したオタクにそーゆー固定観念と一致する人はいないのはなぜだろう?
 

★★★
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結婚するときに自問する事

こんにちわ。呟き尾形です。

結婚するときはこう自問せよ
年をとってもこの相手と会話ができるだろうか
そのほかは年月がたてばいずれ変化することだ


ニーチェ ―ドイツ哲学者―

 結婚とは、男女が運命を共にするということです。

 結婚を誓った仲とはいえ、その男女はもともとは、他人同士であることは自明です。

 それは、結婚の誓いをする時は、誓いをする時以上の時を二人で過ごすことになります。
 それは、長き時間を共にしても、会話できるかがとても重要になります。
 会話抜きに運命を共にすることは困難なことだからです。

 外見、収入、性格、価値観というものは、時と共に変化するものであり、そのとき判断できないものであり、むしろ、その後の結婚生活によって変わってくるものであるからです。

  ★★★
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空(くう)について(呟き尾形の哲学講座)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

  さてさて、空(くう)。
 はっきり言って、理屈だけを言うなら空即是色色即是空なんだよね。
 僕らが前に進めるのは、目の前に障害物が無いからであり、移動した瞬間に、移動す
る前の僕らがいなくなるからなんだよね。
 コップにジュースが注げるのは、コップが空っぽじゃなければいけなくて、水が満た
されたコップにジュースは注げない。
 そんなイメージ。

 わかんないよね。

 たとえば、数の1という数。だれか1の数の姿形、あるいは色を見たことのある人は
いるかな?
 誰もいません。 いたとしたら、それは思い込みか勘違い。
 ”1”という記号は数じゃない。
 たとえば、ここに犬という文字(記号)を書いた。この画面上の犬はどこにいる?
 いないよね。
 つまり、そもそも、1という数の姿かたち、あるいは色なんてそもそもないってこと。
 それは数の1がまさしく空だから。
 だからこそ、数の1にいろんな意味が与えられる。いろんなものにつかえる便利なも
の。
 そんなイメージ。

 わかんないよね。

 じゃぁ、空(そら)に浮かぶ雲。あれの色と形を見た人はいても、あの色と形のまま
触った人はいないんじゃないかな。
 飛行機の窓から雲に行ってみれば、単なる霧なんだよね。
 遠くから見れば雲だけど、近くに行ってみれば霧。
 空だからこそ。
 そんなイメージ。

 わかんないよね。

 これは、イメージしにくい例でもうしわけないけれど、この文章を、ちょっとスク
ロールなり、WINDOWを移動して欲しい。
 移動する先にあるこの文字やWINDOWがあり、移動する前のこの文字やWIND
OWがなくなっているはず。そうじゃなきゃ、プログラムのバグだ。
 正しくない。
 そんなイメージ。

 わかんないよね。

 世の中、空じゃないと正しくない。だから仏教は空というものを入り口にしているん
だと思う。
 今、持っているものは、いつでも捨てられる準備をしときんしゃい。ってことやもし
れない。まぁ、それについては、お坊さんにお任せして、私、呟き尾形は、やりたいこ
とをやる。これも、空だからこそ。

 もし、意味が対象に不動のものとして空ならざる有としてあったなら。僕らはそれ以
外の意味は感じてはいけない。でも、感じてしまっている。それどころか、意味を対象
に与えている。
 それは対象に対して意味が空じゃないとできないわけ。

 わかんないよね。

 私が確実にいえるのは、このわかんないという感覚がわかるということを是とするこ
と。
 これが空。
 ソクラテスならアイロニーなり無知の知って言うのかな。
 ウィトゲンシュタインは語りえないものは語るなと言う。まぁ、知ったかぶりをすん
なちゅうことだよね。

 ああ~。わからん。
 でも、これがいい。わからんこそ、驚きがある。驚くことを楽しむ。そして考える。
わからんなりに、分かる、判る、解る。それを表現する。これが哲学。
 だから、わからんことは悪くないけど、わかることを表現しているわけだから、わか
らんといっちゃぁ、どこか本末転倒なところがあるから、使いすぎには注意。だと思う
わけ。
 開き直りに聞こえちゃうからね。

★★★
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全体主義と日本の伝統(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

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 さてさて、全体主義。
 これは何かといえば、個人は全体を構成する部分であるとし、個人の活動は、全体の成長、発展のために行わなければならないという思想、または体制のことなんだよね。
 まぁ、端的にいうなら、所属する全体のためには、個人の自由と権利は軽視されるってこと。
 まぁ、自由や権利って言葉に敏感な人が聞けば、とんでもない思想や考え方だよね。
 あ、もちろん、個人の自由や権利を軽視するのを是としているわけじゃなく、事実としてそれがある。ということだよ。
 日本人という民族は、民主主義国家日本になってすら、それを選んだわけ。
「え? ウソ?」
 って思うでしょ。でも、「サービス残業」これは誰のため?
 「過労死」これは誰のため?
 誰でもない、自分が所属する組織から与えられた責任を行使するためのデメリットってわけ。
 日本人がエコノミックアニマルと揶揄されたのは、日本人が個人の自由と権利を重んじるはずの、民主主義国家になってすら、個人の自由や権利よりも、日本という全体の繁栄を選択したってことにある。
 個人のアイデンティティーを国家という全体に求めたんだよね。
 それが、江戸時代は封建社会で、明治から昭和初期が天皇を中心としたナショナリズムで、いわゆる戦後は経済大国日本だったというわけ。
 時代は違えど、庶民はなぜか、いわゆる「お上」みたいなものに従うことを常に選んできたわけ。まぁ、それが日本の伝統ってやつになったわけ。
 もちろん、江戸時代に入る前のいわゆる戦国時代だって、自分の使える「お家」に従う意味では全体主義ってことになる。
 日本史は、まず、自分の所属する組織ありきで全てが原動力になっている。
 組織のために生き、そして死んでいく。
 そんなわけで、日本人というのは、全体主義的な伝統を培ってきた民族だ。
 ともいえる。
 もちろん、民主主義国家で、個人の自由と権利を重んじる国家の国民が、個人よりも、国家の利益を重んずる。普通だったらおかしい考え方だし、本末転等ともいえそうだけど、いろいろデメリットとメリットがある。
 個人を全体を構成する部分とする全体主義。もちろん、これはデメリット。
 日本人がそのデメリットを行使するのは、当然メリットがあるから。
 全体が少数の個人を犠牲にして、大多数の個人を守ってくれるということ。
 ひどいと思うでしょ。でも、少数の個人の利益のために大多数の犠牲を強いることも是とする個人主義はどうよ? って話。
 まぁ、結局、ほにゃらら主義というそのものには、善も悪もなくて、要は、そのほにゃらら主義を人がどう扱うか。ってことだよね。

 で、第二次世界大戦時の最悪だった、全体主義もたしかに事実としてある。
 でも、それは、全体主義の一側面でしかない。ということ。
 一側面が最悪だから、全てを否定するのは色眼鏡というもの。
 全体主義としての日本に江戸時代、平安時代という平和な時代もあったし、困ったときはお互い様の精神や、譲り合いの精神は全体主義のたまものです。
 全体主義と一言に行ってもさまざまな側面がある。つまり、全てのメリット、デメリットを認めたうえで、全体主義。と述べていたわけだけど、確かに、世間一般には全体主義=ナチスドイツをはじめとした、否定的な固定観念があるんだよね。
 まぁ、個人の自由と権利が価値ある時代なら、確かに全体主義は忌むべき思想、体制だもんね。
 全体のために個人は犠牲になる。という側面しか見ないようにしているんだよね。辞書を調べてもそうなんだから仕方が無い。

 でも、現代日本社会はその伝統が朽ち行きつつも、その伝統の形式だけが、個人を圧迫するようになってきたんだよね。

 一方的に社会から役割とその責任を押し付けられ、個人の自由と権利を圧迫する。そして、その社会という全体は個人を守れなくなってしまっている。
 社会が悪い。ということをいいたんじゃなくて、そんな状況になっている。
 ということ。
 そして、この状況を変えられるのは、社会に所属する私たちしかいない。
 これ、重要だと思うんだよね。


★★★
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感情の抑圧と現代日本社会について(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

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 まず、現代日本社会というのは、感情というものをとことん抑圧が強いられる。
 これについて異論を持つ人は少ない。
 だから、現代日本社会の価値観において、一般的に感情的になる。というと、なんだか悪いイメージがある。
 感情的になって、取り乱す。みたいなイメージでね。
 だけど、それは、現代日本社会が植えつけた、思い込みにすぎない。
 だって、感情というのは、喜怒哀楽のことだから。
 感情的にならない。ということは、喜びも無く、怒りも無く、哀しみもなく、楽しみも無い。
 すっげーつまらん生活になるわけ。つまり、感情的になれるということは、それだけ、喜びもあり、怒りもあり、哀しみもあり、楽しみもあるということ。

 でね、一般的には理性的で在り続けることが感情の制御だと誤解されているけれど、適度に感情的にならないと、むしろ、感情の制御が難しい。
 なぜって、人間は理性的な動物であると同時に感情的な動物であるから。
 だから、感情的になるのは、必然ってわけ。
 常に理性的である人がいったん感情的になると、感情の制御をすることに慣れていないから、ドッドッドウ、ドドウドウ。と感情の洪水が起きる。
 現代日本社会って奴は、常に理性的であることが”強いられる”
 まぁ、日本の歴史をなぞらえると、それが文化だからしゃーない。
 今に始まったことじゃない。
 だけど、日本の文化はそれを補う、感情の開放する制度なり風習がつくられていた。
 例を挙げるなら、祭り。伝統的なお祭りの激しさとエネルギーはすごい。

 とにかく、日本の文化は全体主義で、個人を犠牲にすることが強いられてきた。
 でも、古き良き全体主義の日本文化は、西洋からやってきた個人主義に取って代わられた。
 あ、そうそう、全体主義というと、なんだか20世紀半ばにあった、第二次世界大戦をのドイツのナチス、日本の大日本帝国を彷彿させるけど、全体主義というのは、それだけじゃぁ、ない。
 全体主義の一側面に過ぎないことを断っておくね。

 個人主義は大まかに言えば、自分の責任において行動せよってことだけど、全体主義は、全体の責任において行動せよ。ってこと。
 全体の責任。なんていわれてもピンとこないよね。全体を言い換えれば、「肩書き」ってこと。
 別に、立派な肩書きじゃなくていい。
 家庭においては、妻、夫、長男、お父さん、お母さん。
 学校なら、生徒、学年とクラス、先生、部長、部員、委員、係、班長。ってなレベルにおいての肩書き。
 全体の責任においてというと、たとえば、ほにゃらら高校の生徒の喫煙が発覚しました。ほにゃらら高校は甲子園出場停止。
 個人主義なら、ほにゃらら高校の校則にのっとった処罰を受ければそれでOKなんだよね。
 つまり、個人主義において、悪いことをしたら尻拭いは自分でやんなくちゃいけないし、自分のやりたいことは、自分でやる。
 全体主義において、悪いことをしたら、尻拭いは全体がやんなくちゃいけないし、自分のやりたいことは全体で行うってことになる。

 で、かなり横道にそれたのは、感情の処理って案外、社会に関わっていて、社会の持つ、方針みたいなものが関わってくるってこと。
 この方針が個人主義だったり、全体主義だったりするわけ。
 別に、個人主義だから、全体主義だから、感情の処理が良いとか、悪いとかじゃない。
 問題は、社会の仕組みが、現状に対応しているかしていないか。
 現代日本は確実に対応していない。厳密に言えば対応しようとしているが、恐ろしいほどのスピードで個人の価値観が多様化しているから対応しきれないというのが、たぶん、正しいと思う。
 だから、社会が感情的になることを抑えるだけになってしまっている。そして、意図しないながら、結果的に感情の制御と処理を個人に押し付けている。
 いわゆるストレスって奴だよね。
 もちろん、社会だって必死に対応しようとしている。
 例を挙げるなら、カラオケ、お笑い、テレビ、インターネットなどなど・・・。
 だけど、対応しきれない場合もある。
 例を挙げるなら、虐待、いじめ、殺生(酷くなると殺人)、自殺、ひきこもり、などなど・・・。
 いわゆる倫理ってやつに背くと、ストレスが解消する。もちろん、それを推奨するわけじゃない。
 ”本当”はやっちゃいけない。
 ただ、本当に多様化しすぎて、社会の受け皿が対応しきれない。
 結果的に社会が一方的に社会から責任という圧力をかけておいて、それがストレスとなったときのはけ口がなくなってしまう。
 つまり、結果的に感情の制御と処理を個人に押し付けている。
 冷却する機能を失ったエンジンの熱は、やがてエンジンそのものを暴走させ、やがて破壊するってことだよね。
 オーバーヒート。3アウトチェンジ。

 私、呟き尾形はこの分析において、これを問題だと判断した。
 じゃぁ、どうすればいいかと考えたとき、各自が各自の哲学を持つことが必要なんじゃないかと思っている。
 それについては、まぁ、気が向いたら書くことにしよう。

★★★
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女性と哲学(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

 男女差別とかそんなんじゃなくて、やっぱり、男性と女性は根本的になにかが違うと思う。
 これはもう、別の生物。と言い切っていいくらい違いを感じることがある。
 男性は理性的で直感的であることが多いけれど、女性は感情的で感覚的であることが多い。

 そんなもので、男性と女性とは問題にする力点が違うんだよね。
 考えてみれば、男が仕事を放棄するって、無責任な男だ。という気持ちがどこからとも無くやってくる。だけど、女性はそんなことはない。でも、逆に女性が育児を放棄するって、なんだか無責任な女だ。という気持ちがどこからともなくやってくる。
 これが、いわゆる誰でもない世間の目って奴でもそうだし、それと同時に自分自身にも芽生える気持ちなんだよね。
 なんにしても、同じ「無責任な奴だ」というレッテルのはずなのに、男と女で対象が違うということは、やっぱり、男性と女性の根本的な違いの表れだともいえると思う。

 たとえば、出産。これは女性にとって、あまりにもリアルな問題だけど、男性にとってはリアルにすることはかなり難しい。
 ぶっちゃけ、自分の嫁さんのかかえる問題であっても、結局は他人事。なぜかといえば、自分が生まないから想像するしかなくて、結局、想像は想像でしかないというわけ。
 一緒に陣痛の痛みを感じようとしたって無理だし、実際同じ痛みを仮想的に感じることができたって無駄。そんなことをするくらいだったら、女性をいたわったり、黙ってなじられる方が女性にとっては役に立つだろう。
 だから、男性は、出産については、知識としてでしか出産をとらえることができないわけ。

 同じ事柄を問題として、対象としてとらえても、こうも違うのであれば、考え方や、物の見方、感じ方は違って当然。
 となると、あくまで既存の哲学は男性向けのソフトウェアなんだよね。

 たとえるなら、洋服屋さんにいったら、男性物しかない。女性はいったい何を着れば言いのよぅ! ということなんだよ。着れない事はないけど、似合うものも少ないし、違和感がある。
 もちろん、男性より似合うカッコイイ女性だっているにはいるだろうけれど、数は限られている。哲学はそんなに狭き門じゃないし、洋服屋さんも顧客のニーズに応えなきゃね。だれだって、外に出るなら、自分の納得のできる服ぐらいきたいわけだよね。
 だったら、女性の哲学を作っちゃえ! ぐらいの意気込みがないと、ダメなのかもしれないね。
 とはいいつつも、新しいものを創り出すというのは、ものすごいエネルギーが必要なんだから仕方が無い。

 もしかすると、男性の哲学と女性の哲学は犬と猫ぐらいの違いがあるかもしれない。でも、同じ哺乳類。犬だけが哺乳類だ! なんてことだけはいいたくないなぁ。

★★★
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哲学って必要なんだろうか? 後編(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

 なんというか、現代日本は物だけじゃなくて、情報があふれすぎて、情報におぼれちまう人がてんこもりで、波のように、情報がやってくる。
 今、持っている価値観なんて、砂浜に作った砂山のようなものなんだよね。
 これが、現代日本が抱えている困難。
 そんなもの、空を見上げて、両手を広げ、深呼吸できるだけの余裕があれば、いいけれど、現代日本はそれをなかなか許してくれない。
 なかなか、だから、絶対許してくれないわけじゃないけど。
 それはさておき、多くの人は達観して「要するに」とか「結局」とまとめてごまかしちゃっている。ごまかせている分にはいいけど、満ち潮になればどんなに、パンパン固めても、ザザァ~とあっさり崩れちゃう。
 まぁ、絶対波の来ないところで砂山を作ってもいいけど、楽しくないし、崩れるようなときは津波なんだよね。絶対大丈夫とおもっているだけに、ショックが大きすぎる。なんたって津波だもんね。ないよ。普通。でも普通にないだけで、絶対無いわけじゃないし、いつ起こるかわからないだけで、そのうち起こることなんだよね。
 困難というのそういったもの。だから哲学は非常口。
 なんにしろ、重要なのは砂山を作る人。砂山を作って楽しむこと。そう思うわけ。

 でね、別段、困難なんて、本当は波のように常に繰り返されているんだよね。たとえば関東圏の通勤時間帯の満員電車。あれの乗客は沢山いるわけで、あれに乗ると、自分を含めた人間も荷物に見えてしまう。
 「人間は”なまもの”だからそのうち腐るぞ。おれら」なんて不安にかられたりかられなかったり。
 通勤しただけで、なんというかあっさり価値観が崩れちゃうんだよね。
 ま、崩れちゃうのは悪くないけど、崩れっぱなしだと、それはそれで不便で窮屈。

 こんなとき、「これ!」という「空が青い意味」を知っていると、トッテモ便利!
 だからこそ、哲学は非常口。
 非常口は常に必要じゃないけれど、非常口の無い建物の危険性は、誰しも知っているんじゃないかなぁ。
 じゃぁ、もう一度問い直してみよう。

「哲学って必要なんだろうか?」

「やっぱり必要」

★★★
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エピクロスの哲学

take0026 こんにちわ。呟き尾形です。
 暖かさと、寒さが交互にやってきていますが、空から降ってくるのは、雪から春雨に変わりつつあります。
 天気の結果を一喜一憂するよりも、天気の趣を楽しむのもいい季節になってきました。

 さて、今回は、呟き尾形の哲学講座の第49回、エピクロスの歩み追加しました。
 快楽主義のエピクロスは、「快楽」という言葉の印象から、誤解を受けがちですが、その印象と正反対の哲学を展開しています。
 それはなぜか? それは、記事を読んでのお楽しみということで(*^_^*)
 次に、連載、いつまで続くかわかりませんが、4枚の絵画の第3回です。
 スローペースではありますが、まぁ、毎週連載する予定ですが、さて、さて、いつまで続く事やら。
 次に、PROFILEに息子の写真をアップしました。
 マジレンジャーのおもちゃを買ってあげて、かなり、ご満悦です。
 
 マジキングとマジフェニックスの2体セット。マジキングにマジフェニックスを格納可能というのは、テレビのシーンを連想させて、結構かっこいいです。
 また、翼が稼動するのは、意外でした。 
 1000円以内で買えてしまうのは、結構お買い得です。



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哲学って必要なんだろうか? 前編(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

 んー、やっぱり必要。なんでか?

 つーことで、私、呟き尾形の考えをば。

 個人的に、哲学というのは、「要するに」を求めておきながら、それをご法度にしているように思えるんだよね。
 なんつーか、螺旋階段を上るように、同じような問いを繰り返し、同じような回答に行き着く。
 回答だけ聞けば、同じジャン。といわれちゃうと困る。
 だ・け・ど、空が青いことを知っているのと、空が青い理由をしって、空が青いことを知っているときの、知の強度の違いは桁違いなんじゃないかと考えているんだ。
 その上に、空が青いという意味を考えた上で知っているとさらに知の強度は強くなるとおもうんだよなぁ。
 こうした、「知の強度」が強ければ、強いほど、「困難」を乗り越えられるわけで、それが哲学。って感じもする。
 ムチャクチャかな? まぁ、ムチャクチャだって、そう感じちゃえるのだからしかたがない。

 でも、知の強度なんていっても、辞書に載っているような単語じゃない。
 んー、勢いでいってしまったけれど、知の強度というのは、自答自問を含めた問いに応えきる知の強さなのかな。
 まぁ、目の前に3歳児に「どうして?」攻撃を受けて、どれだけ口ごもらないですむか、あるいは、どれだけ自己完結しない回答が出せるかという「知」の強さのこと。
 
 で、「困難」というのは、まぁ、端的に言えば、既存の持っていた価値観の崩壊した状況。
 まぁ、個人差はあるんだろうけど、思春期のころの悩み事。片思いを含めた恋。確実に迫る老いによる死ってところかな、あーこりゃこりゃ。
 まぁ、他人から観て重要かいなかではなく、他人が見てくだらなくても、その人が本気で思い悩んで、”くだる”(くだらなくない)こと。

 なんにしても、哲学というのは、知の強度の強化で、強化しなくちゃいけないのは困難に立ち向かわないといけないことになる。
 でも、別段回避できる困難なら回避したいというのがホンネだよね。
 だ・け・ど。回避できない。回避できたように思えるのは、単純に困難を先送りして、困難をもっと大きな困難にするだけ。

 後編へ続く・・・。

★★★
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教育について(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

 私、呟き尾形は、幼いころの教育者はテレビだった。
 だから、誰も自分の質問に応えてくれない。ただ、ただ、一方的にテレビの
中の存在が、自己主張している。たまに、自分に呼びかけてくれるが、それ
は、呼びかけてくれるふりをしているだけだ。
 だから、自分の抱いた疑問には自分で答えを出すしかなかった。
 他の大人に聞いても、ちんぷんかんぷん。
 それもそのはず、質問している方がちんぷんかんぷんなのだ。
 その上、私が抱いている疑問はテレビの中の存在からのメッセージであっ
て、質問する大人のメッセージではない。
 その思いが強く強く、私の心の中で残っていた。

 子供を持つ身になって、そのことが自覚できるようになった。
 だから、子供の言葉に真剣に耳を傾けるようにしている。子供のいうことだ
からあしらわないように。
 子供だって人間なのだ。ウマく理論的に、論理的に自分の思考をまとめられ
ないだけ。あしらわれれば、大人と同じように心が傷つく。体の傷の回復力が
強い分、心の回復力はあまりにも弱すぎるのだ。

 私たちはそれを忘れて、教育しようとしている。

 3アウトチェンジ。

 ふと、今、思い出した。知っている人は知っている「遊人」という漫画家
の、短編集にあった作品の中にある言葉。

「教育とは教えないことです!」

 教育とは教えることではない。教えないことで、自分で考えることを教える
ことだ。

 ★★★
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モチベーションの維持の仕方(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

 私、呟き尾形は、田中芳樹というSF作家の作品が好きである。
 でも、最近は好きではない。嫌いなのではなく、遅筆過ぎるので、読む気がうせたのである。
 おかげで、創竜伝の13巻はまだ読んでいない。
 その前に12巻までのストーリーは、どんなストーリーだっただろうか・・・。

 なんにしても、私、呟き尾形が田中芳樹から受けた影響はかなりある。多分、哲学においてもかなり影響を受けたし、創作物もお手本としているもののひとつに、田中芳樹の作品がある。

 で、アップフェルラント物語もかなり影響をうけた。
 なかでも、名前を忘れたが、アップフェルラントという架空の王国の女王のセリフが心に響いた。
「ビスマルクは、目的が見え見えだからあつかいやすいけど・・・」
 こんな感じだったかな。

 っと、その前に軽く説明を。
 舞台となるアップフェルラント王国は、架空の王国。世界設定そのものは20世紀初頭のヨーロッパ。アップフェルラント王国は、風光明媚なだけがとりえののどかな山国で、その国力は他のヨーロッパ列強に遠くおよばず。しかもド
イツ、ロシア、オーストリア=ハンガリーという当時の三大帝国の角逐する地理的要地にあり、常に隣国からの侵略の脅威にさらされている国なのね。
 で、20世紀初頭といえば、ベル・エポック(良き時代)と呼ばれる一方で、欧米列強が植民地を求めて世界中を蹂躙していった弱い者たちは成すすべもなく踏みつけにされていく時代だったんだよね。
 そんな時代だからこそ、鉄血宰相と異名を持つ、ビスマルクは「ドイツの問題は鉄と血で解決されねばならぬ」と豪語できるほど、力こそが正義というパワーゲームの外交の時代でもあったわけ。
 まぁ、時代は変われど、媒体が変わっただけで力こそが正義というパワーゲームの外交は変わんないけどね。
 今の国際情勢を見れば一目瞭然。
 で、そんな時代だからこそ、人々は疑心暗鬼になる。
 すると、正直にホンネで物を述べても、疑心暗鬼の人間は、むしろ、裏を読んで自滅してくれる。自滅しない場合はそれだけ有能な人材だってことだしね。
 逆に信頼に値する人間は、そのホンネを信頼してくれる。
 さらに、信頼できて、女王のように頭の切れる有能な人材は、必要な分だけ譲歩して、黙っていても、自分の要求を果たしてくれるわけ。その分のなんらかの代価をこちらが出せばいいわけだしね。
 明確な目的をもち、それを外部に公表することで、自分自身のモチベーションの維持にもつながる。他にも細かい利点は沢山あるけど割愛。
 実際、やってみればわかることだし。
 そんなわけで、この戦略はかなりつかえる。単純にホンネを述べ続ければいいだけ。
 え? 「目的が見え見えだから利用されるんじゃないか?」 利用されることが、必ずしも、自分にとってデメリットだというのは、利己主義者が多い時代の先入観に過ぎないんだよね。案外利用されても、自分にメリットが在るこ
との方が多いんだよね。
 他に、 デメリットは猜疑心の強い人間と、潔癖すぎる人間とはなかなか良い関係を作れないことかもしれないけれど、そういった方々とは、好んで良い関係をつくろうとも思わないのであまり大きなデメリットではない。
 もっとも大きなデメリットは、私はこういった人間だ!
 という固定観念をもつことで安定を求めるタイプの方にはお勧めできない。

 もっと、柔軟に自分と言うものを見つめないといけない。

 ま、正直に自分の考えを素直に述べると、自分にうしろめたさを感じない
分、堂々としてられるというメリットもあるんだけどね。
 あとは、自分の理念を忘れなければいい。

それだけ。

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信念の功罪

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日であえた名言です。


   信念は嘘よりも危険な真理の敵である。 
ニーチェ(独 哲学者)

 信念を持つ。ということは大切です。
 信念は目標の達成や成功には必要不可欠だからです。
 高い目標ほど、成功するには難しいものほど、強い信念が必要だといえるでしょう。

 しかし、その信念は、信念ゆえに自己批判されることは少なくなります。

 それは、その信念が思い込みであるか、気がつくチャンスが少ないということです。

 すべての信念が思い込みであるとはいいません。

 しかし、信念だからといって、正しいとは限らないということです。
 信念とは、時には色眼鏡となって、真理を隠すことがあるということです。

★★★
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思い出の本と哲学

こんにちわ。呟き尾形です。

 哲学というものに触れるとき、多くの人は本から触れることが多いと思います。
 特に、青春時代の思春期という精神がさなぎのような時期にはなおさらです。
 大人に聞いても思わせぶりな答えしか返ってこず、哲学のようなものを友達に聞こうと思うのも気恥ずかしくも感じます。
 ましてや、年下に思わせぶりなことはいえても、聞くことなんて自尊心が許すはずもありません。
 だから、思春期に哲学に興味をもったり、好奇心に駆られると、大人に聞くよりも、本を手に取らざるを得ない場合が多いと思います。

 私は、というと、幸いというか、無難に「銀河英雄伝説」というSF小説に衝撃を受けました。
 その後、塩野七生の歴史もの(イタリアへの憧れはここからなんでしょうね)、ミヒャエル・エンデのモモ、デビット・エディングス、村上春樹のダンス・ダンス・ダンス、宮沢賢治の銀河鉄道の夜と10代に大きな衝撃を受けつづけました。
 きっと、上記の本や作家にσ(^0^) の哲学に大きな影響を与えられたように思います。

 そうそう、この記事を読んでいる、みなさんはどんな本に衝撃を受けた思い出がありますか?


★哲学
(^∇^) o(⌒0⌒)o 。(・´∀`・)ノ (*'-'*) ┗(o゜◇゜o)┛ ヾ(@^▽^@)ノ
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キュコス学派の真意

 こんにちわ。呟き尾形です。
 大寒も過ぎ、寒さのピークも過ぎるころのはず。
 とはいいつつも、一番寒いのは2月なんですよね(笑)

 さて、今回は、呟き尾形の哲学講座の第47回 キュコス学派の真意についてです。
 いわゆる、音楽、芸術、論理学を否定しつつ、キュコス学派の目指す、一度手に入れたら失うことの無い幸せとはいったい、どんなものなのでしょう?
 次に、哲学リンク集に、インターネット哲学を追加しました。
 インターネット哲学は、インターネットの理論を発見しつつ、理解しようという目的をもっています。
 とても理論的な文章で、難しい問題を理論的に思考し語っているサイトです。
 現在は、三菱地所の情報隠蔽体質批判を中心に書かれています。
 客に「ケンカを売る」三菱地所で始まる記事は、三菱地所の非常識さが書き連ねられています。
 次に、ひさびさ、「SUN OF NIGHT」の第9回のリプレイが更新されました。
 暴れん坊の脱走犯、羅部辰彦が、LDで暴れます。
 え? なんのことか分からない。ならば、サイトを参照してください(笑)


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哲学とは何ぞや?

こんにちわ。呟き尾形です。

 いきなりですが、質問です。
 『哲学』とはなんぞや?


 私の場合ですが、「おどろき」を発見し、それを言葉で説明するものである。
 と考えています。

 もちろん、、哲学の定義は実は、定まっていません。
 別に、学問としての哲学が哲学であるでもいいし、人生哲学であるでもかまいません。処世術としての成功哲学でもかまいません。
 ただ、「なぜ、そう考えるのか?」ということを考え、他人に説明を試みることは有意義だと考えます。

 ですので、みなさんにとっての哲学とは何か?
 をお聞かせいただければ幸いです。

(^∇^) o(⌒0⌒)o 。(・´∀`・)ノ (*'-'*) ┗(o゜◇゜o)┛ ヾ(@^▽^@)ノ
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”哲学とは”でアフリエイト


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夢事典 更新 「告白する夢」

 こんにちわ。呟き尾形です。
 とりあえず、基本的に毎週日曜日に更新するようにしているのですが、その予定ですと、今回が今年最後になります。今年最後というとかなり長いような気はしますが、来週は来年ですから、いつもどおりなんですよね(^_^;)

 さて、今回は、呟き尾形の哲学講座の第46回、ヘレニズム哲学 キュコス学派 1を更新しました。
 シニカルの語源ともなったキュコス学派についての簡単な紹介です。
 次に、サイト事典、blogリンク集に、blogをリンクしました。
 次に、夢事典、今回は告白についてです。
 告白する夢、される夢、それにはどんな意味があるのでしょうか?
 それでは良いお年を(^^♪


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お金って何?

こんにちわ。呟き尾形です。

 私の前の職業はシステム屋でした。
 いろんなシステムにかかわりましたが、どれも「お金」が絡みますが、現金は動きません。
 紙に印刷すらされないお金が、日本の経済を動かしています。

 つまり、国が発行していないお金が流通していることになります。

 そもそも、お金は神が保証していた。といえるでしょう。
 これは、お賽銭や宗教団体に寄付などの例があげられます。
 しかし、神は死んだといわれています。国家がそれに変わっているといえるかもしれません。
 しかし、すでに国家すら死んでいるのだと思います。

 ただ、国家が決めたことが便利だから利用しているに過ぎない。
 ということです。
 神が死んだ。とされたのは、(全体的に)神を信頼する価値が落ちた。
 ということになります。これは、神を信仰することが社会的なことではなく、個人的なことになったということです。
 なぜなら、”過剰”な宗教の信仰は麻薬的であることを人類は歴史から学んだからです。
 同様に、国家が死んでいるのは、(全体的に)国家を信頼する価値が落ちた。ということになります。
 なぜなら、人はナショナリズムという国家を究極的に信じて道を踏み誤ったことを歴史から学んだからです。

 つまり、もう、意味と同様に、個人の価値観が開放されつつあるということなのでしょう。
 個人の価値観の開放は、思考の多角化、多様化を刺激し、より良いアイディアを持ち寄るという意味において大変歓迎すべきことです。
 ただ、大問題は私的言語だけでは、言語の目的が達成できないように、お金が価値への信頼である以上、ある程度共有されたものでなければいけません。
 できる限り自由であってほしいけれど共有したい。そんなジレンマが悩みどころだと思えてなりません。これは意味も同様です。
 意味もお金も他者に伝わらなければ目的は達成できないわけですから。

 ところで、私のお金の考察は、他にも
 ちなみに、私のお金への考察は
 マネーレス(前編)マネーレス(後編)
 ないし、
マネーのなまけもの
お金の功罪
お金は悪者?
 とあります。


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あなたに行動する勇気を与える名言です

こんにちわ。呟き尾形です。
 本日であえた名言です。

 「やる前から負けることを考えるバカがどこにいる!」
  アントニオ猪木 (プロレスラー)
 

 修辞術としてはまったく洗練されていないストレートな言葉です。でも、まったくもってその通りのことであり、勝負事に立ち向かう人間の心はみなこうしたものでしょう。
 たしかに、勝負はやってみなければわからない。
 これも正しいけれど、それは理屈の形骸化にすぎない。本人不在の形骸化された一般論です。
 やるからには「勝つ」これが、大切なことだし、実践哲学に必要不可欠だと痛感させられる明言です。


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「なぜ?」 と 「どのように?」の違い

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日は、「なぜ?」と「どのように?」の違いについて呟いてみます。

 さて、なぜ、夕日が赤いのか? という疑問を持ったとします。

 このときの「なぜ?」には、大まかに二通りの視点があります。
 「どのように夕日が赤いか?」と「夕日が赤い目的ないし意味」です。

 前者は夕日において、太陽の発する光が紅いのではなく、地球にひかりがとどくとき、青い光は波長が長いために、大気のチリにぶつかってとどかないのに対し、紅い光は波長が短くその分地上に届きやすいから。というのも納得できます。

 しかし、それはあくまで「どのように?」についての解答になりますが、「なぜ?」についての解答にはなりません。
 なぜ、夕日が赤く現れてくるのか? 夕日が美しいと感じるのか?
 これが哲学的な問いであると思います。

 こんな、後者について、考えるって、ものすごく楽しくて、退屈しないんですよね。


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哲学リンク集(白い時計塔のある村 更新)

 こんにちわ。呟き尾形です。
 暦の上では、もうすぐ大雪です。
 大切といえば、山が白く雪化粧するような時期です。
 なのに、熱帯性低気圧の影響で雨。
 なんとも、今年を象徴する天候です。

 さて、今回は、新コーナー登場人物紹介を作りました。
 今回はムーシコスのバイオリンの主人公、ムーシコスです。
 次に、哲学リンク集も追加しました。
 サイトの検索だと、なかなかお目当てのサイトに行き着くことがありません。
 そこで、ホームページの管理者がお勧めサイトのリンク集をつくることで、役に立つサイト事典を作成することで、より、多くの人が指示する良質なコンテンツが人の目に触れることをコンセプトに、新しいリンク集を作ってみました。
 今回のテーマは哲学で作ってみました。
 これから、ドンドン追加していく予定です。
 次に、WRPG、プエルギガス年代記の職業ガイド。プエルギガスという架空世界における職業について紹介しています。今回はウィザード、魔法使いです。



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哲学とは何ぞや?

こんにちわ。呟き尾形です。

 哲学とはなんぞや?

 ということをときたま、自問自答することがあります。ぶっちゃけ、哲学は日常生活をする上では必要不可欠なものではないと考えています。
 哲学しなくても、別にこまることはない。
 じっさい、なくても日常生活はできるし、適度な悩み事やら問題なら哲学じゃなくとも解決できるからです。
 
 じゃぁ、哲学ってなんで必要なの? という疑問が出てくるはずです。
 
 私は、哲学って緊急時の非常口だと思っているのです。
 万が一に備えた準備です。
 
 非常口だから、手抜きは許されません。その上、私の見解では、万が一は確実に最低3回は訪れる万が一なのですから厄介です。
 
 そして、非常口だからこそ、日常生活にも応用は可能だと考えています。
 
 もちろん、これは私なりの回答です。
 
 もしよろしければ、みなさんの回答なんか聞ければ幸いです。
 

ヾ(@^▽^@)ノ (☆o☆)キラキラ 。(*^ε^*)oにんまりぃ♪
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ソフィーの世界・・・(呟き尾形の本棚)哲学をやさしく学べる本

 (*^0^*)(☆o☆)(◎-◎)(ー_☆)(#^∇^#)/(^¬^)

呟き尾形の本棚・・・002号

(-_-;)(ToT)凸(●―●メ〇o。.(-。-)y-~~~メテオ!( ・_・)ノ ミ★
 物語を読めば、いろいろな顔になれるよね♪ d(⌒o⌒)b♪

本日紹介する本(こちらから購入できます)
ソフィーの世界―哲学者から...


登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人物の台詞です。

★★★
 ボンジョルノ。こんにちわ。ウサギのクニークルスです。
「こんにちわ。ムーシコスです」
『こんにちわ。呟き尾形です。』
「今日は、どんな本を紹介するの?」
『今回は、NHK出版のヨースタイン・ ゴルデル著 ”ソフィーの世界”です』
 おお、聞いたことはあるな。なんでも、哲学を勉強するのにはとてもとても勉強になる本だとか。
『はい。哲学には興味はあるけど、なにから手をつけようという方をふくめて、哲学というものをもう一度見つめなおしたいなど、全体的に哲学を知りたい。復習したい。という方には良書のように思います』
「便利そうだけど、ずいぶん分厚ね。これ。
 僕にも読めるかなぁ」
 たしかに、枕によさそうな・・・。
『ご心配なく。むしろ、眠れなくなるかもしれません。
 それだけ、物語としておもしろいし、哲学の勉強になるということです』
「へぇ、物語が面白いのなら、なんとかなりそう」
『はい。”ソフィーの世界”の良いところ、哲学について知らない人にも、詳しい人にも、哲学について興味さえ持っていれば、良い刺激を与えられるところです。
 そして、ソフィーの世界、というかゴルデルの魅力は、子供の視点だということなんです』
 じゃぁ、良い意味で現実的な大人になってしまうと、その魅力は伝わらないかもしれないね。
『そうかもしれません。でも、ご安心を、”ソフィーの世界”は、そうした大人すら引き込むカラクリがちりばめられています』
「たとえば?」
『そうですね。たとえば、その中の一つに、”私は誰?”という誰もが思ったことをあげています。
 そして、”私は私”や、”私は○○という名前の人間だ”という答えは、哲学的には正しいとは言い切れないことをあっさり、読者に告げます』
 そんなネタばらし、いいの?
『いえいえ、そのくらい知っていても楽しめるくらい、ゴルデルの作品は1回読んだだけではなかなか気がつかないいたずらが沢山あります。最初から結末のヒントを読者に与えていたりするからです』
「なんだか、すごい練りこんだ物語みたいだね」
『はい。他にも、ある程度哲学の歴史的な知識のある人は、”哲学をこんな分かりやすく
的確な説明があるんだな”と感じることでしょう』
 ふ~ん、すごいなぁ・・・あれれ、物語が終わった後の、これは何?
『はい。それは、巻末の哲学者の索引です。
 アリストテレス、デカルト、カント、ヘーゲルなど、哲学者の名前の出ているページが掲載されていて、あれ、「デカルトは・・・」と、復習するのに最適です。
 読み終えた後、哲学の事典的な使い方ができる。というのは、かなり大きなメリットです』
「なんだか、ものすごいお得な本だよね。
 やさしい言葉で、哲学を勉強したい。と言う僕にはいいかも」
 うん。ソフィーの世界は買いだね。
 それじゃ、アルデベルチ。

★★★ 第1回(モモへ)


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自我について

 こんにちわ。呟き尾形です。

 今回は、つらつら、自我について私の考えを書いてみたいと思います。

 心理学で言うところの自我とは、自己認識というよりも、自己顕示欲に近い意味合いが強いようです。
 自我と自己の関係のイメージすると、下記のように図になります。


   体体体体体
   体我我我体
   体我己我体
   体我我我体
   体体体体体

 ※体=身体、我=自我、己=自己。

 まぁ、厳密に言うと間違った図なのですが、自我と自己の関係を表すという意味ではこれでよいと思います。
 で、特殊な状況が起こらない限り、私という存在は身体の中に感じますからね。
 で、自己は私の視点であり、自我は私と他者を切り分けるいわば仕切り(境界)です。
 なので、自我とは「私は私」という認識が発生します。
 つまり、自我は既存の自分でしかないわけです。

 自我はさまざまな欲望と欲求により構成されており、一般にエゴといわれております。エゴイストとは利己主義者と訳されますが、自我とはそう言ったものです。
 で、これを自制する理性が精神的な成長とともに現われてきますが、その前に、人間の心には欲望よりも良心があるものと考えています。
 いわゆる自己嫌悪は理性によってされるものではなく、「私」という良心によるものだと考えています。

 いいかえれば、自分を見つめる自分が「私」であり、自我の中心に「私」が存在すると考えております。

 ここで、「自我は既存の自分でしかない」といいましたが、子供がハッパにお金のような価値を与えても、ハッパのお金では駄菓子屋でお菓子は買えないように、案外既存の自分とは、その人にとって、ものすごい主観的価値があるのですが、客観的に取り出してしまうと、無価値なものになってしまうのです。

 ここが、自我について考えるときに、なにかとややこしくなるものなのだろうと考えています。



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現代型栄養失調・・・キレやすい原因の一要因?

こんにちわ。呟き尾形です。

 みなさんは、「現代型栄養失調」と言う言葉を聞いたことがあるでしょうか?
 栄養失調とは、摂取される栄養が不足あるいは過剰なことによって起こる異常状態です。
 私達は、印象として、栄養失調というと、食料不足などによる、栄養不足を連想しますが、栄養過剰も栄養失調と定義上なっています。
 とはいえ、日常生活において、栄養失調という、ろくにものが食べられない状態を指すことが多いため、飽食である現代における、栄養過剰による栄養失調を現代型栄養失調とされるようです。
 これは、食習慣の変化や偏食などが原因となされ、具体的には、不規則な食事(朝食を食べないで間食する)、食事をせずに、菓子・スナック・パン・ジュースばかり食べる、そもそも料理・食材そのものの栄養バランスが崩れていることなどら、このような症状が引き起こされると考えられているそうです。
 いわゆる、青少年に見られるキレやすい性格と、現代型栄養失調とを結びつけるような論調もありますが、その真偽は確認されていません。
 ただ、昔の伝統の崩壊、偏った社会の価値観の変化、偏った教育、偏った各メディアの影響、科学の発達とともに強化されるしろうと理論などと同じ1要因の一つとして、偏った食事というものとしては説得力があるように感じます。
 いわゆる子供や若者がキレやすいという指摘もありますが、大人だって老人だってキレやすいように感じています。
 そして、子供と若者がクローズアップされているのは、話題性があるからでしょう。
 つまり、子供、若者にかぎらず、現代人がキレやすいという現象が起こっているのであろう。ということは言えると思います。


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結婚って何?

こんにちわ。呟き尾形です。

 恋愛の先には結婚が見え隠れしています。
 そこで、私の結婚観を述べてみたいと思います。

 そもそも、「結婚って何?」といいますと、
 私は、既婚者ですが、結婚とは、「家」同士の契約であると考えています。

 でも、別に結婚だけが幸せでもないし、未婚のまま好きなひとと一緒にいられれば、それでいいかもしれません。
 その人がそう割り切れるなら、私は、それで良いと思います。
 いわゆる、男と女の関係は4つあるのだと考えています。一つは、いわゆる性として、二つ目は娯楽として、三つ目は一族の繁栄する仲間として、四つ目対等なパートナーとしてです。
 好きなひとと一緒にいられればよい。とするのは、一つ目あるいは二つ目の男と女の関係だと思います。
 私が結婚したのは、三つ目と四つ目としての男と女の関係として、一生を過ごすパートナーとして選んだつもりです。

 ところで、世の中既婚者の男性による浮気が多いそうです。
 とどのつまり、「彼女が欲しい。どうして悪い?」ということらしいですが、どうして悪いといわれれば、
「そりゃ、結婚と言う契約に反するからだ。約束を破ることがどうして悪くない?」
 と私なら問いかけます。

 私が立ち会ったことのある結婚式は、キリスト教、神道、仏教、人前結婚式と4種類ほどですが、結婚とは、主や神様や仏様あるいは、同席者の前で、男女が一生人生を共に歩みますという約束以外のなにものでもありません。
 そして、浮気はその約束違反です。
 約束を破ることはすなわち、悪いことであると判断します。

 大事にしようがしまいが、契約違反は契約違反だと考えます。

 まぁ、確かに、自然界には結婚と言う仕組みはありません。
 そして、自然界を観察すれば、オスの本能として、多くのメスにかかわろうとすることは必然です。
 だから、男の浮気は本能だといわれるのでしょうが、それは詭弁です。
 なぜなら、それを前提にされたなら、結婚と言う契約には、浮気をしてもよい。という内容があるはずです。
 出来ない約束をした方が悪いということになります。

 とはいいつつも、契約契約と五月蝿くなっては息が詰まります。
 また、人は約束を破るという行為がわるいことは、事前に知っています。
 であるならば、約束を破るだけの理由があると考えることも必要になるのだと思います。
 それは、ケースによりけりなので、ここで私の意見はとまってしまいます。

 さて、そもそも、人は愛されることと、愛することのはどちらが幸せなのでしょうか?
 どうしても、二者択一。ということになれば、愛することのほう
が幸せといえるように思えますが、ただ、私はもう一つの選択肢を用意して、それの方が幸せだと思っています。

 それは「愛せることのほうが幸せだと思います」

 あくまで私見ですが、愛というものは、どうも受動的な体質があるように思えます。
 経験的に、能動的になればなるほど、上手くいかないのが愛のようにおもえてなりません。

 つらつらと私見を述べさせていただきました。

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学ぶということとは・・・

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日であえた名言です。

    私たちはすべてのことから学べる。
    悪からも善からも、実からも虚からもおそらく学べる。
    狭い見方が敵なのであろう。
      曽野 綾子 (『それぞれの山頂物語』)

 学ぶという行為は、大きく分けて4つあります。
 一つ目は教えを受けて知識や技芸を身につける。
 二つ目は勉強すること
 三つ目は経験を通して知恵を得、理解すること。
 四つ目はまねること。

 方法は違えど、どれも学ぶこと。
 そう、学ぶということは、方法にこだわらず、吸収すること。
 だからこそ、どんなことからも学べるのだと思います。

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ものごとを面白く体験するためには

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日であえた名言です。

  「ものごとを面白く体験するための5K」というのがあるんです。
  それは、好奇心、観察力、行動力、向上心、謙虚。とくに謙虚は大事。
  最初のワクワクした気持ちを忘れないことです。
   東儀 秀樹 (雅楽師)

 まさに、この言葉の通りのように思えてなりません。
 面白くないなぁ。と感じるとき、好奇心はそそられません。
 面白いなぁ。と感じるときは、それから、なにかを見つけたときです。まさに、観察力。
 面白いことを実感するには、行動しないと駄目。まさに、行動力なしに面白く体験はできません。
 そして、面白いことに慣れてしまうと、つまらなくなります。そう、向上心がないと、面白い体験は維持できません。

 ところで、謙虚の反対語は、横柄、高慢、傲慢です。
 どれも、面白いものごとをつまらなくするものばかり。
 いばったり、思い上がったり、不遜な態度をとっても、つまらない。
 横柄だから好奇心も感じない。
 思い上がれば、観察しようともしないし、行動にうつそうともしない。
 傲慢だから向上仕様とも思わない、つまり、向上心なんてありえない。

 名言にもあるけれど、やっぱり、謙虚は大事。
 特にものごとから「面白い」ことを発見したければ。


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アリストテレスの理想の政治体制

 こんにちわ。呟き尾形です。
 お盆ということで、いろいろ忙しいです。
 でも、かろうじて更新はできました。よかったよかった。

 さて、今回は、呟き尾形の哲学日記、偽悪 後編です。
 偽悪の効果について、呟きます。
 次に、呟き尾形の哲学講座の42回。アリストテレスが理想とする政治体制について書きました。
 次に、12星座の性質。いわゆる、12星座占いの星座の性質についてまとめました。今回は蟹座。

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みんなで哲学をかたろう

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日は、私がオーナーをしている「みんなで哲学を語ろう」ML(通称みなてつ)の紹介をしたいと思います。

 みなてつでは、コンセプトとして、おき楽ごきらく、コンビニエンスをコンセプトに、学問としての哲学を前提とせず開設されました。
 みなてつ参加メンバーが、学問としての哲学を前提とせず、それぞれが持つ哲学を語り合うということでを目的にしているということです。
 それは、メンバーの方が普段語らない心のうちにある哲学を語り合い、個々の哲学をさらに深められることを実現させたいと思っているわけです。
 もちろん、学問としての哲学を、前提にしていないからといって、それを否定するつもりは在りません。

 で、私は、みなてつが開設されたひそやかなる野心を持っています。一人でも多くの人が哲学を語り合える環境づくりと言うものです。

 そのためには、まず、もっと哲学というものに対する先入観を無くすことだとおもっています。
 たとえば、哲学と聞いただけで、興味はあるものの、ついつい敬遠してしまう雰囲気のことです。
 あくまで私見ですが、哲学は強い意志を貫くための道具であり、柔軟な思考を持つための道具だと思っています。
 ですから、哲学は、もっとお気楽ご気楽コンビニエンスな道具なんだ。という認識が広まればいいなぁ。と思っていました。
 ところが、みなてつを開設する以前、インターネット上のあるところでは、など、こんなことも知らないようじゃ、哲学を語る資格は無いね。なんてことを平気で言ってのけるところがあり、そこはそれは当然という雰囲気がありました。
 ただ、みなてつ以外のコミュニティー(まぁ、みなてつが開設される前の話ですから当然ですが)において、そういうことを言う人の多くは、どこか知ったかぶり的というか、自分の普通、自分が理解できることだけをみとめるというか、自分が知らないことを知らないという現象が見え隠れしているように感じたものでした。
 私はそれはおかしいだろう。という思いが原動力となって、上述した目的および、野心をもって、みなてつを開設しました。

 そんなわけで、「みんなで哲学を語ろう」では、 だから、知識をひけらかすだけの場所にはしたくないという思いがあります。
 もちろん、語り合う上で知識を利用することは悪いこと。という意味ではありません。
 哲学者の哲学を利用することもまた、一つの哲学だからです。
 でも、その知識を伝えた後に、その人が伝えたいこ(その人の哲学)とが続くはずなのです。

 で、哲学には難しい専門用語がたくさん出てきます。私は自分に対して、いかに難しいテーマだとしても、難しい専門用語を使わずに、知らない人に説明できるくらいじゃないと、それは理解したことにはならない。と思っています。

 さらに言ってしまえば、難しいことを難しく言ってしまうことはものすごく簡単なことなんですけど、難しいことを簡単に言ってしまうことはものすごく難しいことなんです。

 私は難しい話題を語り合う上において、聞き手よりも語り手の方に高度なレベルが要求されるように思います。
 なので、語り手が低レベル(難しいことを難しく言う)な表現をして聞き手に理解されなかったとしても聞き手が低レベルなわけじゃない。と思うんです。
 とはいえ、これは私の考えであり、他人に要求するわけではなく、自戒の念としてそう考えているんですけどね。

 なにはともあれ、興味をもたれた方、参加してみたいなという方は、過去ログやら、ルールやらどんなメンバーが参加しているかなど、みなてつのホームページがありますので、そちらを参照してみてください。


 呟き尾形のサイト 白い時計塔のある村  
 

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哲学って必要? 前編

こんにちわ。呟き尾形です。 呟き尾形の哲学手記を掲載します。


※ この記事は、呟き尾形のサイト、白い時計塔にある村に掲載されている記事です。
 
白い時計塔のある村  

哲学って必要? 前編

 哲学って必要なんだろうか?

 んー、やっぱり必要。なんでか?

 つーことで、私、呟き尾形の考えをば。

 個人的に、哲学というのは、「要するに」を求めておきながら、それをご法度にしているように思えるんだよね。
 なんつーか、螺旋階段を上るように、同じような問いを繰り返し、同じような回答に行き着く。
 回答だけ聞けば、同じジャン。といわれちゃうと困る。
 だ・け・ど、空が青いことを知っているのと、空が青い理由をしって、空が青いことを知っているときの、知の強度の違いは桁違いなんじゃないかと考えて、その上に、空が青いという意味を考えた上で知っているとさらに知の強度
は強くなるとおもうんだよなぁ。
 こうした、「知の強度」が強ければ、強いほど、「困難」を乗り越えられるわけで、それが哲学。って感じもする。
 ムチャクチャかな? まぁ、ムチャクチャだって、そう感じちゃえるのだからしかたがない。

 でも、知の強度なんていっても、辞書に載っているような単語じゃない。
 んー、勢いでいってしまったけれど、知の強度というのは、自答自問を含めた問いに応えきる知の強さなのかな。
 まぁ、目の前に3歳児に「どうして?」攻撃を受けて、どれだけ口ごもらないですむか、あるいは、どれだけ自己完結しない回答が出せるかという「知」の強さのこと。
 
 で、「困難」というのは、まぁ、端的に言えば、既存の持っていた価値観の崩壊した状況。
 まぁ、個人差はあるんだろうけど、思春期のころの悩み事。片思いを含めた恋。確実に迫る老いによる死ってところかな、あーこりゃこりゃ。
 まぁ、他人から観て重要かいなかではなく、他人が見てくだらなくても、その人が本気で思い悩んで、”くだる”(くだらなくない)こと。

 なんにしても、哲学というのは、知の強度の強化で、強化しなくちゃいけないのは困難に立ち向かわないといけないことになる。
 でも、別段回避できる困難なら回避したいというのがホンネだよね。
 だ・け・ど。回避できない。回避できたように思えるのは、単純に困難を先送りして、困難をもっと大きな困難にするだけ。

 後編へ続く・・・。


※ この記事は、呟き尾形のサイト、白い時計塔にある村に掲載されている記事です。
 
白い時計塔のある村  

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差別は罪?

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日、食事を取りながら、ふと疑問に思ったことがあります。
 日本に差別罪なるものがないということです。

 差別は悪いこと。これは常識です。

 そして、社会問題にもなっています。

 でも、名誉を毀損したり、侮辱すれば、罪になりますが、差別をした罪で実刑が下ったり、罰金刑がくだったり、賠償金もないですよね。

 う~ん。

 差別は罪なのだろうか?

 白い時計塔のある村

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敗北哲学

こんにちわ。呟き尾形です。

 勝利哲学というものは、聞いたことはあっても、敗北哲学などというものは聞いたことがないでしょう。

 なので、敗北哲学と言うやつをちょっと提案してみたいと思います。

 これは、勝つことからさまざまな物理的な利益は多くとも、学ぶことは少ないのことが多いようです。
 むしろ、勝ち続けることにより、慢心が生まれ、その人の成長にとってマイナスになることすらあります。
 それに対し、勝負に敗北した後に、その敗北を「負けました」と勝者に頭を下げることで、敗北によって、物理的な損失はあっても、学ぶことを得られるということです。

 敗北して、あれこれ言い訳するのでは学べません。
 敗北を敗北として認めること。これはとてもとても、辛く苦しいことです。

 辛く苦しいことは、強い負の印象を与え、そうならないために、創意工夫と日々努力をかさねることが自然に出来ます。

 そもそも、成長というのは、辛く苦しいことにならないために行われるものなんじゃないかと考えています。

 まぁ、口で言うのはたやすいですが、行い難しです。実際、やろうとすると、なかなか出来ませんから。

白い時計塔のある村

呟き尾形の哲学講座

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哲学初心者のためのML

 哲学って難しくって、敷居が高いな。
 私のような初心者が哲学できるのかな?
 私が哲学なんて語れるのかな?
 なんて思う方、みなてつ予備校に入ろう!!MLがあります。
 哲学初心者による、哲学初心者のための、哲学を話し合います。
 みなてつ予備校に入ろう!!MLはみなてつから派生したMLです。
 詳しくはこちら。

http://www.freeml.com/ctrl/html/MLInfoForm/ept_adhoc@freeml.com

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教育について

教育について

 私、呟き尾形は、幼いころの教育者はテレビだった。
 だから、誰も自分の質問に応えてくれない。ただ、ただ、一方的にテレビの
中の存在が、自己主張している。たまに、自分に呼びかけてくれるが、それ
は、呼びかけてくれるふりをしているだけだ。
 だから、自分の抱いた疑問には自分で答えを出すしかなかった。
 他の大人に聞いても、ちんぷんかんぷん。
 それもそのはず、質問している方がちんぷんかんぷんなのだ。
 その上、私が抱いている疑問はテレビの中の存在からのメッセージであっ
て、質問する大人のメッセージではない。
 その思いが強く強く、私の心の中で残っていた。

 子供を持つ身になって、そのことが自覚できるようになった。
 だから、子供の言葉に真剣に耳を傾けるようにしている。子供のいうことだ
からあしらわないように。
 子供だって人間なのだ。ウマく理論的に、論理的に自分の思考をまとめられ
ないだけ。あしらわれれば、大人と同じように心が傷つく。体の傷の回復力が
強い分、心の回復力はあまりにも弱すぎるのだ。

 私たちはそれを忘れて、教育しようとしている。

 3アウトチェンジ。

 ふと、今、思い出した。知っている人は知っている「遊人」という漫画家
の、短編集にあった作品の中にある言葉。

「教育とは教えないことです!」

 教育とは教えることではない。教えないことで、自分で考えることを教える
ことだ。


 ※この本文は下記URLの”呟き尾形の哲学手記”に掲載しています。
http://homepage2.nifty.com/SON/tetugaku/tetumemo01.htm

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イラク邦人人質事件 自己責任の代金?

こんにちわ。呟き尾形です。

 イラク邦人人質事件において、政府が費用を請求する。という
ニュースを小耳に挟んだのです。それも自己責任代とかタイトル
があったりして。
 でも、金額は200万円~300万円、決して安いとはいわない
けれども、それにしても中途半端な請求額とおもっていたんです
よね。
 そのとき、何の費用だろう? それにしても、国家が国民を守
るのに、費用が請求されるなんて何事だ! と。
 そしたら、
 内訳は、
 (1)UAEのドバイから帰国した際の航空運賃と、ドバイ入り
した家族、弁護士の往復運賃
 (2)東京からの帰郷時にかかった航空運賃
 (3)バグダッド-ドバイ間の政府チャーター機の費用
 とのこと。
 まぁ、それなら仕方がないともいえなくもないなぁ。とは思い
つつ、それを知るまで、そもそも民主主義ってなによ。
 とつらつら考えていたんですよね。

  なんにしろ、マスコミの情報操作にのせられちゃいましたね(苦笑)

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全体主義と日本の伝統

 さてさて、全体主義。
 これは何かといえば、個人は全体を構成する部分であるとし、
個人の活動は、全体の成長、発展のために行わなければなら
ないという思想、または体制のことなんだよね。
 まぁ、端的にいうなら、所属する全体のためには、個人の自
由と権利は軽視されるってこと。
 まぁ、自由や権利って言葉に敏感な人が聞けば、とんでもな
い思想や考え方だよね。
 あ、もちろん、個人の自由や権利を軽視するのを是としてい
るわけじゃなく、事実としてそれがある。ということだよ。
 日本人という民族は、民主主義国家日本になってすら、それ
を選んだわけ。
「え? ウソ?」
 って思うでしょ。でも、「サービス残業」これは誰のため?
 「過労死」これは誰のため?
 誰でもない、自分が所属する組織から与えられた責任を行
使するためのデメリットってわけ。
 日本人がエコノミックアニマルと揶揄されたのは、日本人
が個人の自由と権利を重んじるはずの、民主主義国家にな
ってすら、個人の自由や権利よりも、
日本という全体の繁栄を選択したってことにある。
 個人のアイデンティティーを国家という全体に求めたんだ
よね。
 それが、江戸時代は封建社会で、明治から昭和初期が
天皇を中心としたナショナリズムで、いわゆる戦後は経済
大国日本だったというわけ。
 時代は違えど、庶民はなぜか、いわゆる「お上」みたい
なものに従うことを常に選んできたわけ。まぁ、それが日
本の伝統ってやつになったわけ。
 もちろん、江戸時代に入る前のいわゆる戦国時代だっ
て、自分の使える「お家」に従う意味では全体主義って
ことになる。
 日本史は、まず、自分の所属する組織ありきで全てが
原動力になっている。
 組織のために生き、そして死んでいく。
 そんなわけで、日本人というのは、全体主義的な伝統
を培ってきた民族だ。
 ともいえる。
 もちろん、民主主義国家で、個人の自由と権利を重ん
じる国家の国民が、個人よりも、国家の利益を重んずる。
普通だったらおかしい考え方だし、本末転等
ともいえそうだけど、いろいろデメリットとメリットがある。
 個人を全体を構成する部分とする全体主義。もちろん、
これはデメリット。
 日本人がそのデメリットを行使するのは、当然メリット
があるから。
 全体が少数の個人を犠牲にして、大多数の個人を守
ってくれるということ。
 ひどいと思うでしょ。でも、少数の個人の利益のため
に大多数の犠牲を強いることも是とする個人主義はど
うよ? って話。
 まぁ、結局、ほにゃらら主義というそのものには、善も
悪もなくて、要は、そのほにゃらら主義を人がどう扱うか。
ってことだよね。

 で、第二次世界大戦時の最悪だった、全体主義もた
しかに事実としてある。
 でも、それは、全体主義の一側面でしかない。という
こと。
 一側面が最悪だから、全てを否定するのは色眼鏡と
いうもの。
 全体主義としての日本に江戸時代、平安時代という
平和な時代もあったし、困ったときはお互い様の精神
や、譲り合いの精神は全体主義のたまものです。
 全体主義と一言に行ってもさまざまな側面がある。
つまり、全てのメリット、デメリットを認めたうえで、全体
主義。と述べていたわけだけど、確かに、世間一般に
は全体主義=ナチスドイツをはじめとした、否定的な
固定観念があるんだよね。
 まぁ、個人の自由と権利が価値ある時代なら、確か
に全体主義は忌むべき思想、体制だもんね。
 全体のために個人は犠牲になる。という側面しか見
ないようにしているんだよね。辞書を調べてもそうなん
だから仕方が無い。

 でも、現代日本社会はその伝統が朽ち行きつつも、
その伝統の形式だけが、個人を圧迫するようになって
きたんだよね。

 一方的に社会から役割とその責任を押し付けられ、
個人の自由と権利を圧迫する。そして、その社会とい
う全体は個人を守れなくなってしまっている。
 社会が悪い。ということをいいたんじゃなくて、そんな
状況になっている。
 ということ。
 そして、この状況を変えられるのは、社会に所属す
る私たちしかいない。
 これ、重要だと思うんだよね。

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平成仮面ライダーの哲学性(クウガ) 2

 クウガは空我というのが、今のところの結論です。

 空我? なにそれ? 
 まぁ、物語では「みんなが笑顔でいるために、そのために今自分ができる無理をしちゃう、雄介とその仲間達」の姿が描かれています。
 クウガというドラマの中に2000年という日本の人々が抱えている問いかけがちりばめられているんですよね。
 それをさりげなく、笑顔で答えきってしまう五代雄介。かくありたいものです。

 その中に育児に悩むキャリアウーマンな母親の姿と問いかけがあります。
「私はあの子にとっていい母親なのかしら?」

 その中には心無い言葉に傷つき、暴力を振るおうかと悩む若者の問いがあります。
 彼女は 心無い言葉を投げ付けられて 傷ついていた。
その言葉を放った少女を「ひっぱたいてもいいよね」と雄介に問う。
「人間だから あるよね そういう気持ち」と 彼女の気持ちに頷きながらも「でも拳をふるったら その応酬にしかならない。大事な事は 相手に 
それは間違いだって きちんと伝える事なんじゃないのかな」
と 答える雄介。
「五代さん さっきから 綺麗ごとばかりじゃない」
「そうだよ。
でも だからこそ 現実にしたいじゃない。
ホントは 綺麗事が いいんだもん」
 まぁ、こんな感じの会話でしたかね。

 平成仮面ライダーは、真っ向から現代日本人が抱えている問いに応えようとしています。
 たしかに、お母さんがよろこぶ、イケメンライダーです。
 たしかに、お父さんが喜ぶ、子供向け番組とは思えない難しい設定と背景です。
 たしかに、子供が喜ぶ、子供向け番組です。

 でも、そこにこめられている、あまりにもさりげない演出はまさに哲学と呼べるように思えます。

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哲学的な質問

 ちょっとした哲学的な質問をしてみたいと思います。

1・ケーキ屋は、なぜ50個の同じクッキーが作れるのか?
2・馬は何故みんなそっくりなのか?
3・人間に不死の魂があると思うか?
4・男と女は同じように理性的か?

 さて、皆さんならどんな回答をします?

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平成仮面ライダーの哲学性(クウガ)

こんにちわ。呟き尾形です。

 いわゆる平成仮面ライダーというものの、哲学性は侮れないものがあります。
 初めて仮面ライダークウガを見たとき、人の恐怖と言うものとの接し方がストーリーにありありと現れていて、すごかった。

 恐怖の演出の一つに、敵であるクロンギ人が、まったく理解のできない言語を話すということがありました。
 恐怖の根源は対象が理解できない。ということです。
 そして、その不可解なのが、無差別殺人に思えながら何らかの法則性がある。ということ。
 それは、人を襲う理由がゲームのためであるということ。

 クウガは空我。
 自我(エゴ)を空にして、恐怖と戦う。
 怒りに我を忘れるのではなく、自らの理想と願いと信念によってクウガとなる。

 クウガは恐怖と戦うのではなく、恐怖や怒りを受け入れることを伝えたかったのかもしれません。


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●みんなで哲学を語ろう
 コンセプトはコンビニ哲学。哲学を難しいと敬遠せず、
哲学とは考えること。と定義した上で、出来る限りの自由
な意見交換を目的としております。
 興味をもたれましたら、下記のURLにてお手続きして
参加していただければ幸いです。
□URL http://www.freeml.com/info/ept@freeml.com
 

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 ようこそ、村の広場にある呟き尾形の哲学講座へ。呟き尾形の哲
学講座では、呟き尾形の独学で勉強した知識をまとめ簡易的に、か
つ簡単に紹介していこうと思います。
 当然、σ(-_-)の独学なので、一般的な知識とは違いがあるか
と思います。でも、そういった解釈もあるということで、哲学について
ご理解をいただければ幸いですし、語り合えればさらに幸いです。

 また、この講座で紹介される文章はメールマガジンで発行されま
す。登録は当ページ末に。

☆呟き尾形の哲学講座
 
 
登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
《めぐたん》:魔女ッ娘。生徒
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人物の台詞です。

 ピァチェーレ。はじめまして、僕の名前はクニークルス。
『おい、クニークルス!!! 君は司会じゃなくて、生徒なの』
 細かい事はきにしない!
 白い時計搭のある村の村の広場で、管理人の呟き尾形氏が
無謀にも哲学講座を開こうとしています。
 そこの君。名前は?
《めぐたんなのだ》
 そう、じゃぁ、めぐたん。哲学って何?
《かんがえることなのだー》
 そう、哲学とは永遠に考えつづける事。そして、その考えるス
タイルを体系化したものが哲学なんだ。だから、別に難しい事
でもなんでもない。
「へぇ、物知りなんだね。クニークルス君」
 当然さ!
《あれー、うさぎさん。その本はなぁに?》
 い、いや・・・
『あーーー! それは私の台本!!!』。
 細かいことはきにしない。
 とにかく、哲学って難しそうだけど、それは、哲学者の言い回
しが難しいだけなんだ。普段はそうは感じなくても、悩み事が
出来た日、人を好きになった時、とんでもない事を失敗をしでか
して、目先が真っ暗になった時、身近な人の不条理な
死を迎えた時、人生が馬鹿らしくなった時、どうしようもない虚
無感にさいなまれた時。
 などの人間が生きている限り、予告もなしに唐突にやってく
る不条理を目の前にした時、体系化された思考は絶対役に立
つ。いわば切り札を持って生きていけるんだ。
 読んで損はさせないよ。
『わ、σ(T_T)のせりふぅぅぅ』
 だから、気にしない気にしない。それじゃ、アリベデルチ

※哲学に語りたい。と思った方、そんなことができるメーリングリストがあるのです。
くわしくはこちら
http://www.freeml.com/ctrl/html/MLInfoForm/ept

※呟き尾形の哲学講座はメーリングリストにもなっています。
くわしくはこちら
http://homepage2.nifty.com/SON/hp1_8_2.htm

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