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いじめを無くすための教育

●いじめを無くすための教育

 いじめというものは、なかなかなくなる事はありません。
 なにより、いじめというものは、一律の対策というものはなく、
現場、現場で、原因はことなるもので、だからこそ、対策は、
1ケースに1つの対策というものでなければいけません。
 とはいいつつも、いじめが発生しにくい教育というものも
必要なのはたしかです。
 それだけに、正義、道徳、正論、礼儀。
 といった、昔からある美徳の重要さを子供たちに伝える
べきだといえるでしょう。
 正義、道徳、正論、礼儀の美徳は、すべては、人類の英知
でといえるでしょう。

 そのためには、まず、自分のしている事を他人からされた
ら、自分はどう思うのか?
 という視点を大人は常に、子供に伝え、そして、大人自身
が実践しなければいけません。

 ただ、問題があります。
 大人でも、この視点を欠いている大人もいるという現実で
す。
 教育の議論をすると、痛感しますが、大人たちは自分を棚
上げする癖があるようです。

 さて、どうも、教育の現場、つまり子供たちには、いじめ
られる側に理由があるという認識が過半数を上回っているよ
うです。
 それも事実かもしれません。
 ただし、いじめられる側に理由があるから、いじめてもよい
という論理は明らかに間違いです。
 仮に、「いじめられる側に理由があり、その理由があれば、
いじめてもいいのだ」という論理をを是としたとき、「自分
にいじめられる理由があったとき、自分もいじめられてもか
まわないのだ」という宣言であることを子供たちに伝えなく
てはいけないわけです。

 これは、たとえば、相手に不快感を感じたらいじめても良い
という論理があったとします。
 この論理も、自分が相手に不快感をあたえたら、いじめら
れてもよい。
 ということなのです。
 このように、自分が述べた論理には、当然自分にも適用され
るという論理の裏側が存在します。
 もし、自分が主張する論理の中で、自分だけは例外である
と考える人がいれば、それは矛盾する論理です。
 矛盾する論理は、矛盾した時点で間違っていますので、正当性
は失われます。

 おそらく、「相手に不快感を感じたらいじめても良い」と
主張する子供たちは、未発達であるがゆえに、この論理の事実
に気がついていないと思います。
 私は、このような論理の裏側にあるものを教えるのが教育
だと考えます。

 そのためには大人は子供たちに、正論を言葉と態度でしめし
ていく必要があるのだと思います。


★★★


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