« 豊かさとは何か? | トップページ | 評議が閉鎖的過ぎて、裁判員制度が形骸化しはしないか?(裁判員制度への質問状 10) »

あきらめることは易しいことではありません。

こんにちわ。呟き尾形です。

「あきらめ」ということほど言い易くして行い難いことはない。
それは自棄ではない、盲従ではない、
事物の情理を尽くして後に初めて許される「魂のおちつき」である。
 ― 種田 山頭火 ― (『山頭火随筆集』)

 あきらめとは、望んでいたことの実現が不可能であることを認めて、望みを捨てることです。
 自棄とは、思うようにならなくて、なげやりな行動をとることですが、これはあきらめているのではありません。あきらめられないからこそ、なげやりな行動をとるのです。
 盲従とは、自分で判断をせず、相手の言うがままに従うことですが、これはあきらめているのではありません。あきらめられず、自分を見失い、自分で判断出来なくなって、相手の言うがまま従うのです。

 自棄になることや、盲従することは易しいことです。
 しかし、あきらめることは易しいことではありません。
 人は簡単に望んでいる事を捨てることなどできないからです。

 だから、その人が望んでいる事を、その人は何度失敗使用とも、他人からどのように見られても続けるものなのです。


 

ヾ(@^▽^@)ノ (☆o☆)キラキラ 。(*^ε^*)oにんまりぃ♪
白い時計塔のある村

呟き尾形の雑記帳

呟き尾形の本棚

みんなで哲学を語ろう

呟き尾形の占いの話

みなオク創作ノート

(有)尾形園芸のサイト

呟き尾形のメールマガジンのバンクナンバーblog

呟き尾形の自転

ご意見がありましたら、こちらの掲示板もあります

日刊メールマガジン 心に響く名言集


Σ( ̄□ ̄;) (?ロ?ノ)ノ (◎-◎)  (゜◇゜)~ガーン

|

« 豊かさとは何か? | トップページ | 評議が閉鎖的過ぎて、裁判員制度が形骸化しはしないか?(裁判員制度への質問状 10) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/5593/8310261

この記事へのトラックバック一覧です: あきらめることは易しいことではありません。:

« 豊かさとは何か? | トップページ | 評議が閉鎖的過ぎて、裁判員制度が形骸化しはしないか?(裁判員制度への質問状 10) »