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あなたの知らないところに いろいろな人生がある

こんにちわ。呟き尾形です。

本日であえた名言です。

   あなたの知らないところに いろいろな人生がある
   あなたの人生が かけがえのないように
   あなたの知らない人生も また かけがえがない
   人を愛するということは 知らない人生を 知るということだ
                   ― 灰谷 健次郎 ―
                      (『ひとりぼっちの動物園』)


 自分がかけがえのない存在であることは、誰もが知っています。
 でも、それが他人のことになると、ついつい忘れがちになってしまいます。
 自分も人間、他人も人間。同じ人間なら、お互いかけがえのない存在です。
 愛とは、どうしても、自分がいかに愛護されるかと思われがちですが、その逆です。
 その第一歩として、知らない人生を知ることなのではないでしょうか?


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白い時計塔のある村
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あなたが百人の人に微笑みかければ・・・

こんにちわ。呟き尾形です。

本日であえた名言です。

   あなたが百人の人に微笑みかければ、百人の心が和む。
   あなたが百人の手を握れば、百人の人が温もりを感じます。
    ― マザー・テレサ ―
      (カトリック修道女)


 誰しも使える魔法。それが微笑みであり、手を差し伸べることです。
 ウソだと思われる方は、まず、100人の人に微笑みかけ、百人の人に手を差し伸べれば、それが本当か嘘か理解できるはずです。
 あるいは、こうも考えられます。
「他人に与えられる最大の報酬は心からの笑顔だ」
 と。


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骨盤ダイエット

 こんにちわ。呟き尾形です。            

 ダイエットということばは、そもそも美容や健康のための食餌療法・食事制限を意味するこのですが、現在では、食餌療法・食事制限に限ったものではなくなっており、美容と健康の維持、促進を意味するようになっています。
 その中でも、ちょっとかわったものに、骨盤ダイエットというものがあります。
 さて、骨盤ダイエットというのは、骨盤のゆがみを矯正することによって“痩せやすい体”を作る痩身法です。
 ほんのわずかな変化ではありますが、骨盤の矯正によって、プロポーション自体の改善にも繋がる。
 仕組みとしては、骨盤のゆがみを矯正することで、下半身の血流やリンパ流が改善され、それが代謝を良くするというものです。
 また「姿勢が良くなる」「腰痛や肩こりが治る」「便秘が治る」などの直接的な効果もあるので、ダイエットを目的としなくても良い面があるのは注目です。
 実際、長時間のオフィスワークなどを中心に、現代的な社会生活は、骨盤のゆがみを引き起こしている、との指摘もあります。
 考えてみれば、現代は非自然的な生活なのでしょうね。
 だからこそ、ダイエットという非自然的な行為が求められるのかもしれません。


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「学ぶ」という行為の根底

こんにちわ。呟き尾形です。

 名言です。

 「学ぶ」という行為の根底には、自分が大きく育って行く事を感ずる「喜び」がある。
  ― 小松 左京 ― (作家)


 学ぶというのは、勉強や学習など学問を身につけたり、教えを受けて、知識や技芸を身につけることです。
 つまり、学ぶということは、自分が成長抜きにして語れません。
 しかし、思い通りに身につかず、辛いときもあるでしょうし、学ぶことは苦しいことが伴うという印象が付きまといます。
 ただ、本来、自分が成長するということは、喜びです。
 その上、その成長が自覚できるわけですから、学ぶということは、もっと楽しむべきなのかもしれません。



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哲学とは何ぞや?

こんにちわ。呟き尾形です。

 いきなりですが、質問です。
 『哲学』とはなんぞや?


 私の場合ですが、「おどろき」を発見し、それを言葉で説明するものである。
 と考えています。

 もちろん、、哲学の定義は実は、定まっていません。
 別に、学問としての哲学が哲学であるでもいいし、人生哲学であるでもかまいません。処世術としての成功哲学でもかまいません。
 ただ、「なぜ、そう考えるのか?」ということを考え、他人に説明を試みることは有意義だと考えます。

 ですので、みなさんにとっての哲学とは何か?
 をお聞かせいただければ幸いです。

(^∇^) o(⌒0⌒)o 。(・´∀`・)ノ (*'-'*) ┗(o゜◇゜o)┛ ヾ(@^▽^@)ノ
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呟き尾形の哲学講座

呟き尾形の哲学手記

d(ー.ー ) ネッ ( ̄0 ̄?)ナンデ? ( ̄^ ̄) 。。。(*_ _)。o○

”哲学とは”でアフリエイト


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信託業法の改正

こんにちわ。呟き尾形です。

 
 
小泉内閣メールマガジン第169号信託業法の改正を読んだ感想を、小泉内閣に送信した内容です。


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 信託業法の改正についての感想です。

 著作権などを信託することで資金を調達するという方法も可能になるというのは、大変、効果
が期待できると思いますが、反面、トラブルも多くなると思います。

 この点の、基準作りが経済発展の肝になるように思いました。

 地方自治体債
 国債というものがあるように、地方自治体が、国債のような債権が発行できるようになれば、地方の特徴を活かし、大きな財源になると思います。
 お金の管理は自治体にある民間の金融業に委託し、地元の中小企業や自営に低金利に貸し与えることの出来ることにすれば、地域発展にもつながると思いました。

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 と、送信したのは、ここまでです。

 ここからは、信託業法の改正についての呟き尾形のホンネの感想です(笑)
 つまらない法改正や、日本が戦争をやろうとする憲法改正など本末転倒な改悪が多い中、これは目を見張るべき改善された法改正だと思います。
 と言いますのも、信託とは、文字通り、「信頼して託する」という意味です。
 これまでは、お金や土地などの財産の運用や管理を信頼できる他の人に委託することでした。
 で、改正前は、上述したとおり、信託できるものは金銭等に限られていました。
 しかし、改正によって、その範囲が知的財産権を含め財産権一般に拡大されるということになります。
 他にも、金融機関以外でも信託業が行えるというのがありますが、私はこれに大きな期待をよせているのは、知的財産権を含めた財産権一般が拡大されるということです。
 著作権などの知的財産権を債券化できるようになり資金調達手段が多様化されるというのは、ものすごく、意義のあることです。
 といいますのも、現実問題として、アニメや映画、音楽といったいわゆるコンテンツ産業は慢性的な資金不足の状態にあると言われています。映画業界では、新たに映画を作りたいと思ってもなかなか資金が集まらないという問題があります。
 これまでは、一般にお金を調達する方法には、金融機関から借り入れを行う方法や、社債を発行して市場からお金を調達する方法がありましたが、知的財産に債権化できなければ、なにも担保にできるものはありませんでした。
 しかし、今回の改正によって、著作権などを信託することで資金を調達するという方法も可能になります。
 著作権などを債権化するというと、たとえば、ゲームでいうなら、ドラゴンクエストやファイナルファンタジー。アニメでいうなら、宮崎アニメや甲殻機動隊のような作成するにあたって、債権を買うことによって、その作品に協力したことになります。
 これは、その作品のファンの心をくすぐるものにもなるし、なにより、作成側の心の励みになるでしょう。
 実際、自分が出したお金が映画やアニメ等になって大ヒットすると考えたらワクワクしませんか?
 もちろん、ネームバリューの高いものではなく、ネームバリューの低いものでも、今は知名度は無くとも、逆にこれは将来、認められる作品になるに違いない。など、作品を育てることにもつながります。
 とにかく、つまらない法改正や、日本が戦争をやろうとする憲法改正など本末転倒な改悪が多い中、これは目を見張るべき改善された法改正だと思います。



ヾ(@^▽^@)ノ (☆o☆)キラキラ 。(*^ε^*)oにんまりぃ♪
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呟き尾形の今の政治に物申す

Σ( ̄□ ̄;) (?ロ?ノ)ノ (◎-◎)  (゜◇゜)~ガーン


 政治について、意見があるときは、下記のサイトに言うのも一つの手かもしれません。

 
小泉内閣



自由民主党


明党



民主党


共産党


社民党


 

 
 

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ダンス・ダンス・ダンス・・・(呟き尾形の本棚) 踊るんだよ 

(*^0^*)(☆o☆)(◎-◎)(ー_☆)(#^∇^#)/(^¬^)

呟き尾形の本棚・・・010号

(-_-;)(ToT)凸(●―●メ〇o。.(-。-)y-~~~メテオ!( ・_・)ノ ミ★
 物語を読めば、いろいろな顔になれるよね♪ d(⌒o⌒)b♪

本日紹介する本・・・ダンス・ダンス・ダンス
ダンス・ダンス・ダンス〈上〉講談社文庫

ダンス・ダンス・ダンス〈下〉講談社文庫

登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人物の台詞です。

「こんにちわ。みなさん。ムーシコスです」
 ブォン ジョルノ クニークルスだ。
『こんにちわ。呟き尾形です』
「あ、なんかサイクルが早いね」
 怠け者の呟き尾形が珍しい。きっと明日は槍がふるぞ。
『うるさい』
「今回は、村上春樹著 ダンス・ダンス・ダンスの紹介です」
『村上春樹といえば、代表作といえば、ノルウェーの森でかなり話題を呼んだ作家です。
 村上春樹と聞けばノルウェーの森を思い浮かべる方や、また、ノルウェーの森なら読んだ事のある方がいらっしゃるかもしれません。
 ただ、私が最初に読んだ村上春樹の小説は今回紹介する、ダンス・ダンス・ダンスでした。
 このダンス・ダンス・ダンス。
 デビュー作の『風の歌を聴け』を筆頭として、『1973年のピンボール』から『羊をめぐる冒険』の3部作で1970年代の魂の遍歴を辿ったと村上春樹ですが、その続編として、ダンス・ダンス・ダンスがつづられています』
 いきなり続編を読んでわけがわからなかったんじゃない?
『その通り。でも、それは、それ。クニークルスお得意のいい加減さで、細かいことは気にせず読み進んだのです』
 ・・・シニョール呟き尾形もいいかげんだなぁ。
「僕もそう思う」
『い、いや、それよりも、内容の紹介に入りましょう』
 あ、逃げた。
『・・・さて、このダンス・ダンス・ダンスはさっきの3部作の続編と言うこともあって、村上春樹ワールドの集大成といってもよい小説で、さまざまな村上春樹の小説の中のモチーフがまとめられています。
 主人公の「僕」が感じ取る社会に対する違和感、喪失感から紡ぎ出される、心の旅路はどこからどこまでが現実で、どこからどこまでが幻であるかが区別がつかないほど、どちらにもリアリティーが存在します。
 特に、無気力になりかけた主人公に影が語りかける言葉
 ”踊るんだよ”
 何もしないで悩むのではなく、あるいはただ、待つだけではなく、何も考えず、ただ踊ろう。
 考え、悩むことも必要だけど、踊る(行動)することを忘れた思考は無意味だ。
 私はそんな風に感じ取りました。
 もちろん、著者、村上春樹が伝えたかったシンプルな一言は違ったと思います』
 え? じゃぁ、何なんだい?
『それは、読んでからのお楽しみだと思います。
 小説の価値は必ずしも、著者の意図するメッセージが伝わらなくても良い場合があります』
「でも、小説家は物語を通して、読者に何かを語り掛けたいから、伝えたいから小説を書いているような気がするけど・・・」
『確かに著者から見ればそのとおりです。
 しかし、国語の授業のように著者の顔色をうかがって小説を読むことは無意味だと思います。むしろ、読者が感じたいように感じ、そこから、読者なりの回答を導き出すことが小説の醍醐味であると考えています。
 著者のシンプルな一言は伝わればよいだけで、必ずしも共感する必要はないと思うのです。
 ただ、国語の授業の場合は、テストの正解を導き出すという仕組み上、著者のメッセージを強要してしまう形になり、国語の授業がつまらなくなり、いわゆる活字離れが進んでいると思っています。
 もちろん、読解力は必要ですが、読解力だけが国語ではないということです。
 私の場合、ダンス・ダンス・ダンスを読んだ時、踊ることによって得たものについてかたった、おそらく、村上春樹のシンプルな一言よりも、”踊るんだよ”というメッセージの方が力強く印象に残ってしまったのです。
 小説の醍醐味は読者が感じたいように感じることが許されるメディアであり、それと同時に小説の著者も同じ自由が許されていることにあるのだと思います』
 なんだか、本の紹介というより、呟き尾形の小説論みたいになったぞ。
「”論”というにはお粗末だから小説観じゃないかな」
『ムーシコスも手厳しい・・・』
 ま、現実だから仕方がない。
 それじゃ、アルデベルチ。


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呟き尾形の本棚

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井の中の蛙、大海を知らず、されど、空の高さを知る

こんにちわ。呟き尾形です。

 私の好きな名言です。

 井の中の蛙 大海を知らず、されど空の高さを知る。

 一般に、「井の中の蛙 大海を知らず」ということわざとして知られていますし、意味も、自分だけの狭い知識や見聞だけにとらわれ、他に広い世界があることを知らぬ人ということとして扱われています。
 実際、語源となる故事は、
 古井戸に住む蛙が東海の大亀にむかって、自分の住むこの井戸がいかにすばらしいかを自慢しましたが、大亀は左足一本いれると、もうつかえて入れなくなってしまいました。大亀が言うには、
「わたしの住む東の海は、例えようがない位広いし、たとえようのないくらい、深いから、どんなに大雨が降っても水かさは増えない。
 そのような大きい所に住むのがわたしの楽しみだよ。」
 これを聞いた蛙は、腰を抜かさんばかりに驚き、呆然として吾を忘れてしまいました。
 という故事です。

 この故事を読むと、ふとこの大亀は、空のことを忘れてやいないだろうか?
 とも思うわけです。
 そして、東の海があるということに驚くという楽しみを忘れているということも。

 だからこそ、この言葉には続きがあるともされています。
 それが、「されど空の高さを知る」ないし、「空の青さを知る」ないし、「空の深さを知る」です。

 まぁ、もちろん、井の中の蛙が、自分の井戸を他人に自慢することは戒めるべきですが、井戸にいるからこそ分かることがある。ということを忘れると、大亀が東の海の亀、大空を知らずになるのでしょうね。



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赤と感情について

 あけましておめでとうございます。呟き尾形です。
 今年も、週刊更新を目指してがんばりますので、よろしくお願いいたします。

 さて、今回は、呟き尾形の色の心理学の第29回、赤と感情についてを更新しました。
 赤が感情にどんな影響を与えるのか? あるいは、どんな感情のときに赤を好むのか?
 について書いてみました。
 次に、PROFILEに息子の写真を更新しました。
 次に、登場人物紹介は、童話、ムーシコスのバイオリン、呟き尾形の哲学講座小説を書こう! 呟き尾形の色の心理学呟き尾形の本棚でおなじみの、クニークルスです。


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