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自分勝手であるということと自由であるということは正反対なこと

こんにちわ。呟き尾形です。

誰かをあんまり崇拝しすぎると、
ほんとうの自由は得られないんだよ。
 ― トーベ・ヤンソン ― (『ムーミン谷の仲間たち』)

 崇拝するというのは、対象を敬うことであり、尊敬するということです。
 尊敬とは、その人が、すぐれたと認める人を、尊び、敬うことです。
 つまり、崇拝するということは、優れたみとめた対象を、この上ないものとして丁重に扱うことをさします。

 現代の価値観において、自由と崇拝は、一見、相反するもののようにかんじられるかもしれません。

 しかし、自由というものは、利己的に自らの権利だけ主張するわがままではなく、むしろ、自らの義務や責任を自覚することが前提となります。

 誰かを尊敬する事のできない人が、自由を語ったとしても、それは傲慢にすぎません。
 なぜなら、、尊敬することができないということは、他者を優れていると認められないということだからです。
 人は傲慢になると、視野が狭くなります。視野が狭くなれば選択肢が狭くなり、自らの可能性を狭めます。
 自らの可能性を狭めるということは、自由ではないということです。
 つまり、自分勝手であるということと自由であるということは正反対なことだといえます。



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