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引用がメインではなく、自分の表現がメインであることについて

 こんにちわ。呟き尾形です。

 引用は、著作権法において、自由に使っても良い。
 とされていますが、条件があります。

 なかでも、気をつけるべき点は

 1・引用する必然性があること。
 2・自分の表現と引用の表現の区別がされていること
 3・引用がメインではなく、自分の表現がメインであること。
 4・引用の出所が明示されていること。

 です。

 私なりの解説を、各項目にわけて書いていこうと思います。
 今回は、
 3・引用がメインではなく、自分の表現がメインであること。
 についてです。

 これは、あまりにも当然といえるかもしれません。
 著作権法における、著作物とは、著作者の「思想感情を創作的に表現したもの」なわ

けですから、引用が主であっては、創作的に表現した。
 とは言えないわけですし、それは、剽窃(他人の作品・学説などを自分のものとして

発表すること)にもなりかねないわけです。
 つまり、引用された部分はあくまで付属的なものでなければ、創作的に表現したとは

いえないわけです。
 そして、本文を主とするならば、引用部分は従たる関係でなければなりません。

 では、本文を主となる。といえるにはどういった条件をクリアしなければいけないの

でしょうか?

 これは、明確なものさしはなく、ものさしといえば、あくまで引用が従属的なもので

あると明確に判断できること。という条件が明記されているぐらいなものです。
 特に明記はされてはいないものの、量的に、引用するものは、著作物の3分の1に程

度にとどめるべきではなかろうか?
 というものがあるようです。

 となると、基本的に引用は、自分自身の表現(著作物)の補足資料的な存在にとどめ

るべきである。
 というあいまいなものであり、引用は最低限にするべきである。
 という心構えが必要なようです。

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