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善の効用を意識したとき

こんにちわ。呟き尾形です。

善の効用を意識したとき、それはもはや不善である。
 ― 郭 沫若 ― (『歴史小品』)

 善とは、すなわち、よいことであり、道理にかなったことです。

 効用とは、効き目であり、使い道のことです。

 道理にかなった事は、利己的ではありません。

 善の効用を意識したとき、善を利用しようと意識したことになります。
 それは、道理にかなったと見せかけた、善の利己的な使い方になった。
 ということになり、それは善ならざる行為になります。

 まさに、善にあらず、その意識を否定せず、強くなれば、利己の心がますます強くなり、偽善となり、やがて、善とは正反対の悪になります。

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