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電信電話記念日

電信電話記念日

 1869年(明治2年)の10月23日(当時は旧暦が適応されていたので9月19日)に、東京・横浜間に日本で初の公衆電信線の架設工事が始められたことから、この日を、1950年(昭和25年)に当時の日本電信電話公社が電信電話記念日と制定しました。

 さて、電信技術は、ジョン万次郎によって、日本に紹介されました。
 ジョン万次郎は、14才の時、出漁中に漂流してしまいました。
 しかし、幸いにも、アメリカの捕鯨船に救助され、やがて船長にその才能を認められ、船長の故郷マサチューセッツ州フェアーヘブンでアメリカの知識や技術を学びます。
 そして、日本に帰国し、それらの貴重な知識や技術、体験は幕末から明治にかけての日本の国際交流の礎に多大の影響を与えました。
 その知識や技術の一つのが、アメリカで見た電報だったのです。
 その時、すぐにその重要であると判断しなかった、政府ですが、やはり電信の必要性を認識し、その導入に動き出します。
 そして、明治元年(1868年)11月に、まず横浜弁天灯明台役所から本河通り裁判所まで760mの間に電信線を設置、そして、同裁判所内に電信機役所を設置、ここから東京税関まで32kmの電信線設置工事を開始しました。
 この日、10月23日を、日本の電信事業の出発点であるといわれています。

 こうして東京-横浜間の電信線が開通し、電報の取り扱いが始まりました。この電報の開始に先立ち、明治2年の4月にはこれを記念して『天理可楽怖』(telegraph!!)という新聞が創刊されたそうです。
 当時、この電線を通って電報が送られるという話を聞いて、みんなで電線の回りに集まって眺めていたとか、電線に弁当をくくりつけたなど、今では、ネタではないかというようなエピソードもあります。
 同様に、デマもながれ、この電報というのはキリスト教の手先で電線には処女の血が塗られており、その処女は戸籍番号の1番の家から順に調達されている、などという根も葉もない噂が立って電報局が襲撃されるという事件も起きています。
 もちろん、電報のお陰で幸運に恵まれたエピソードなどもあります。
 開通したばかりの鉄道で新橋から横浜へ行こうとした親子連れが、子供だけ乗りそこねるという事故がありました。
 青くなった両親が次の駅でおりて、駅員に相談した所、すぐに子供が残された駅に電報を打ち、駅員が無事子供を両親の元に、次の汽車で連れてきてくれたそうです。
 それを当時の新聞は「鉄道より速い電報!」と大々的に報道したそうです。

 ともあれ、開通したばかりの電報は実際には故障が多く、仕方ないので頼まれた電文を汽車で運ぶなどということも、少なからずあったそうです。
 また、電報がスタートした当初から配達業務もやっていたのですが、初期の頃は大きな町にしか電報局はありませんでした。
 そのため、電報局の無い遠い地区には受け取った電文を郵送していたこともあったそうです。。

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