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オタクとは何か?(呟き尾形の哲学手記)

こんにちわ。呟き尾形です。

※この記事は、白い時計塔のある村呟き尾形の哲学手記の記事にも掲載されています。

 私、呟き尾形は、良くも悪くもオタクであると思う。
 何を持ってオタクとするかは正直、明確な定義が未だできていないのが現状
だろう。
 とりあえず、アニメや特撮、漫画、コンピュータゲームなど、その昔、子供
向けに創作された非現実的な世界に、ある種の強い価値観を置く人々をオタク
としよう。

 つまり、オタクの本質とは、あからさまなファンタジー(幻想)に対して、目の
前の現実的なことよりも高い価値が置ける人ということ。

 そうすれば、私、呟き尾形は胸を張ってオタクと言えるからである。
 これを広義的な意味でのオタクとする。
 いやね、オタクというのが、なんともある分野にとてもとても詳しい存在と
いう意味も時折含まれていることがある。
 たとえば、哲学オタク、歴史オタク、占いオタク、釣りオタク、野球オタ
ク、サッカーオタク、映画オタクなど。これも混ぜてしまうと、誰しも自分の
好きなものに対して詳しくなるのは至極当然で、全ての人がオタクといえてし
まう。それでは、わざわざオタクという分類をするのもあまり意味がなくなっ
てしまう。だから、とりあえず、スッパリ切り捨てる。

 で、わざわざ、広義的な意味でと断ったのは、オタクといっても、いろんな
人がいる。
 一般的に嫌悪されるオタクもいれば、一見オタクじゃないように見えても、
実はオタクという人もいる。というよりも、オタクというステレオタイプに、
多くの人は騙されている。
 いわゆる、同人誌即売会などに行ってみればそれは体験してわかるはず。

 で、広義的な意味があれば、狭義的な意味もあって、それが、一般的に嫌悪
されるオタクとなる。
 一般的に嫌悪されるオタクは、とても閉鎖的で自分の価値観以外認めようと
はしない。というと言いすぎかもしれないが、まぁ、人の話を聞かない。に尽
きる。
 人の話を聞かないのは、自分の価値観において、譲れないところは決して譲
らないというところである。
 譲れないところは決して譲らない。というのは、誰しもあってしかるべきだ
が、オタクの悲劇は、オタクにとって価値のあるもの、こだわりは、社会的に
価値が認められてないという点にある。
 他人と価値が共有できないのだ。
 これは悲劇といわざるを得ない。
 で、価値が共有できないのだから、オタクの価値観が理解できない人は、
オタクを嫌悪あるいは排除しようとする。
 嫌悪と排除は道徳的に悪いことではあるが、人間社会の伝統において、理解
できない価値観、あるいは存在を排除するのは当然となっている。
 つまり、多くの人に理解できないとこで、譲らないわけだ。
 多くの人も嫌悪、排除したがるのは当然のながれともいえるだろう。
 もちろん、オタクだって価値観が違うだけで人間だ。相手が嫌悪あるいは、
排除しようとするなら、自分も嫌悪、あるいは排除しようとするだろう。
 しかし、オタクはその意味においてとても好い人である。
 なぜなら、ほとんどのオタクは、暴力に訴えないからだ。理由は、強固な
価値観があるからだ。
 一般の人は、オタクほど強固な価値観はない。
 だから、一般の人は、暴れているだろう。

 なんにしろ、上述したことが全てだ。というつもりはないが、このような
状況なら、結果的に閉鎖的で排他的になるだろう。

 まぁ、閉鎖的で排他的とも言えるが、オタクの本質はそこではないし、狭義
的な意味でのオタクも、付き合い方さえわかれば、好い人ばかりである。
 違う言い方を言えば、オタクに悪い人はいない。ということである。
 ただし、オタクとの付き合い方がわからない、あるいは無条件で嫌悪し、排
除しようとすれば、悪い人に見えてくる。
 これはしゃーない。
 理解できない存在を嫌悪、あるいは排除しようとする伝統をもっているから
だ。

 で、なぜ、好い人といえるか、閉鎖的で排他的だけど、利己的ではないのだ。
こういった側面だけを見れば、一般の人よりずっと好ましい。
 さらに、閉鎖的で排他的と表現したものの、これは本当は適切ではない。
 閉鎖的で排他的だという表現は今ある社会を前提にしているからなんだけど
ね。むしろ、狭義的なオタクは、現実の社会を凌駕する価値観を持っているが
ゆえに開き直っている。
 もちろん、広義的なオタクも、狭義的なオタクほどではないにしろ、強固な
価値観を持っている。
 結果として、既存の価値観に縛られない。
 しかし、これまであった伝統的な社会はこれまで作り上げた価値観を押し付
ける。この摩擦が、閉鎖的で排他的という現象を引き起こしているだけ。

 で、この開き直りは、なにか?
 広義的だろうが狭義的だろうが、オタクの本質とは、あからさまなファンタ
ジー(幻想)に対して、目の前の現実的なことよりも高い価値が置ける人なん
だよね。
 まぁ、心理学の用語を使えば、アニマなりアニムスをあからさまなファンタ
ジーに投影できる訳。
 これって、いろんな意味ですごいことなんだけど、なぜすごいことか、わか
る人。多分少ないと思うんだよね。
 一言で言えば、争いごとが激減する。
 うまくシステム化できれば、戦争も一切なくなる。テロもなくなる。
 こんな風に聞くと、なんかすごそうでしょ?

 まぁ、情報革命社会における新しい価値観。ってことなんだよね。

 で、オタクとは何か?
 オタクとは、あからさまなファンタジー(幻想)に対して、目の前の現実的な
ことよりも高い価値が置ける人ということ。
 ということで、とりあえずまとめよう。

追記
 ところで、オタクという世間一般の固定観念がある。
 私が、接したオタクにそーゆー固定観念と一致する人はいないのはなぜだろう?
 

★★★
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