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満州事変勃発

満州事変勃発

 1931年(昭和6年)の9月18日、中国・奉天郊外の柳条湖で、満州鉄道の線路が爆破されました。
 この爆破事件は、いわゆる、満州事変(まんしゅうじへん)のきっかけといわれています。
 満州とは、当時の日本が中国東北部を指していう地名だったそうです。

 この事件を境に、中国東北部を占領する関東軍と現地の抗日運動との衝突が激化していったそうです。
 そんな中、この事件は、政治において、日本軍部は発言力を強めていくきっかけとなり、日本政府の発言力が弱まり、日本軍部が政治介入し、やがて、日中戦争への軌道が確定したともいえます。
 さて、この爆破事件、実際には、爆破を行ったのは、関東軍の自作自演であったと言われています。
 これは、後に満洲事変勃発時少佐で関東軍参謀の証言より、確認されているそうです。

 事件の現場の国、中国では「9・18事変」と呼ばれているそうです。

 では、なぜ、自作自演の爆破事件がおこったのでしょうか?

 ここからは、私が、調べた内容から推測したことです。決して鵜呑みせず、この記事を含めて調べてから、各自で判断してください。

 そもそも、その時代のヨーロッパ諸国をはじめとした列強国と呼ばれる国家は、アジア諸国を中心に植民地化することで反映されていたといわれています。
 あいまいな記憶ですが、当時、植民地化されていなかったのは日本と中国ぐらいなものですが、中国はほとんど食い物にされているような状態だといっても過言では無いでしょう。
 すると、ヨーロッパどころかアメリカも日本を狙っていたわけです。
 こんな風に書くと、現代の日本の価値観において、ヨーロッパ諸国を悪く書いていて、日本の正当化をするようですが、当時の政治からすると普通でごく当たり前な手段だったといわれています。
 そんな国際情勢の中、日本としてはただまっていれば、植民地化されるのは火を見るよりもあきらかでした。
 つまり、列強国を名乗るならば植民地をもって当然という考え方がごくごく、当たり前にあった。といえるようです。
 そこで、日本も植民地をもたなければ、いわゆる列強国として国際社会に参入できないという背景もありました。
 なんて野蛮な。
 と、おもわれるかもしれません。
 しかし、現代も、軍事力から経済力に変化しただけであって、本質的には、それほど大きくはかわりません。
 おそらく、現代は、100年後の人から見れば、日本はなんて野蛮な事をしていたのだろうと評価されるでしょう。
 そんなわけで、当時の価値観や政治手法としては、日本も植民地を取得するにいたったわけです。
 さらに、この植民地で日本軍は暴走します。
 その暴走のきっかけが、 自作自演の爆破劇を口実に戦争を進めるようなやり方で、自らの発言
力を高め、政府を無視した侵略が行われた。
 と呟き尾形自身は感じております。

 さて、今回は、呟き尾形の哲学講座の第55回、エピクロス流快楽主義の実践を更新しました。
 次に、呟き尾形の今の政治に物申すに、仙台プロジェクトを追加しました。
 そして、童話に登場人物紹介にエクウスを追加しました。
 
 


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