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「人びと」は残酷だが、「ひと」は優しい

こんにちわ。呟き尾形です。

「人びと」は残酷だが、「ひと」は優しい。
 ― タゴール ― (インド詩人)


 実際、人と人が接すると、愛にあふれ、まさに優しい側面にたくさん触れることができます。
 そして、優しくした側も、優しくされた側もお互いよい気持ちになれます。
 これは、実際に、優しくしてみればわかります。

 しかし、これが、「ひと」という個人ではなく、「人びと」となると、なぜか人は残酷になります。

 なぜなら、「ひと」は、リアルに存在しても、「人びと」は存在しないからです。

 そして、「人びと」に属する「ひと」は、習慣、掟、慣わし、付き合いに責任を転嫁することで、自らが残酷な事をしているという自覚がなくなります。

 「ひと」は残酷なことはなかなか出来ません。
 なぜなら、残酷なことを「ひと」がするには、良心の呵責が伴うからです。


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