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自分の表現と引用の表現の区別するということについて

 こんにちわ。呟き尾形です。

 引用は、著作権法において、自由に使っても良い。
 とされていますが、条件があります。

 なかでも、気をつけるべき点は

 1・引用する必然性があること。
 2・自分の表現と引用の表現の区別がされていること
 3・引用がメインではなく、自分の表現がメインであること。
 4・引用の出所が明示されていること。

 です。

 私なりの解説を、各項目にわけて書いていこうと思います。
 今回は、
 2・自分の表現と引用の表現の区別がされていること
 についてです。

 これは、引用する場合、どこからどこまでが引用部分かがはっきりさせるということです。
 どこからどこまでが引用で、どこからどこまでが自分の表現なのか、誰がみてもわかるようにさせるということです。
 具体的にこうしなければならないということはありませんが、一般に、引用部分は、カギ括弧や引用府、文字の濃淡などで、明確な区分けする必要性があります。

 引用とは、他人の文章などを自分の文章の中に引いて説明に用いることですから、どれがどれが他人の表現で、どれが自分の表現か区分けするのは、当たり前といえば、当たり前だといえるでしょう。

 ただ、この引用は、一般に、文章が念頭におかれているようです。
 文章以外の著作物、つまり、音楽や絵において、引用という一般的な慣行はあるとは言いがたいところはあります。
 音楽のどこにカギ括弧や引用府をつけるような、区別をするのかという点や、絵も同様です。
 もちろん、パロディーなどのケースもありますが、これは、別のところで触れる事になれば触れたいと思います。
 おそらく、音楽や絵の引用というものが出来るのかどうかは、検討されていないのだろうと思います。
 検討されていないということは、基本的に、引用の対象にはならないのだろうとは思いますが、これからの著作権の課題なのかもしれません。
 
 
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