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平成仮面ライダーの哲学性 (プロジェクトG4)

 アギトの映画、プロジェクトG4は大変奥が深い哲学です。

 もう、存在(人間)と時間がテーマになっているのでしょうね。

 ちなみに、アギトは未来。ギルスは過去、G3は現在を象徴してストーリーが進められておりますが、映画はG4という仮面ライダーが登場します。
 これは死を象徴する仮面ライダーです。
 今さえ強ければよい。死を覚悟し、未来を見据えぬまさに死の哲学です。
 力が劣ろうとも、生きようとする現在を象徴するG3と合間見え、G3にとどめを刺さんとするとき、G4の装着員の命が終焉を向かえ、死が訪れたとしても、G4に組み込まれたプログラムによって動かされる姿は、未来を捨てた哲
学を持ったものの末路と言うものともいえるかもしれません。
 ハイデカーが頽廃を戒めたのもうなづけます。

 ウヨウヨ現れる敵の怪人アントロードは、もう誰でもない群集心理であり、それを統率するの女王アントロードは、一種のナショナリズムの象徴なのかもしれません。ここは分析不足なんで勘弁してください。
 なんにしても、興味深いのは、怪人たるアンノウンの目的は人間を守る存在だということ。
 そのためには、人ならざる存在、超能力というアギトの力を持つ人間(マイノリティー)を抹殺していたわけで、アンノウンは人間を守る社会なり国家のようなものに思えてきます。社会や国家は何事もなければ、大衆として私たち
を守ってくれますが、何らかの理由で、いったん標的になると、冷酷な存在になりますからね。

 わけがわからないけれど、興味を持った方は、レンタルビデオ屋か、
http://www.tv-asahi.co.jp/agito/index.html
 へ レッツ コンバイン!(ナゾ)

 それでは、暴走したまま失礼いたします。

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平成仮面ライダーの哲学性(クウガ) 2

 クウガは空我というのが、今のところの結論です。

 空我? なにそれ? 
 まぁ、物語では「みんなが笑顔でいるために、そのために今自分ができる無理をしちゃう、雄介とその仲間達」の姿が描かれています。
 クウガというドラマの中に2000年という日本の人々が抱えている問いかけがちりばめられているんですよね。
 それをさりげなく、笑顔で答えきってしまう五代雄介。かくありたいものです。

 その中に育児に悩むキャリアウーマンな母親の姿と問いかけがあります。
「私はあの子にとっていい母親なのかしら?」

 その中には心無い言葉に傷つき、暴力を振るおうかと悩む若者の問いがあります。
 彼女は 心無い言葉を投げ付けられて 傷ついていた。
その言葉を放った少女を「ひっぱたいてもいいよね」と雄介に問う。
「人間だから あるよね そういう気持ち」と 彼女の気持ちに頷きながらも「でも拳をふるったら その応酬にしかならない。大事な事は 相手に 
それは間違いだって きちんと伝える事なんじゃないのかな」
と 答える雄介。
「五代さん さっきから 綺麗ごとばかりじゃない」
「そうだよ。
でも だからこそ 現実にしたいじゃない。
ホントは 綺麗事が いいんだもん」
 まぁ、こんな感じの会話でしたかね。

 平成仮面ライダーは、真っ向から現代日本人が抱えている問いに応えようとしています。
 たしかに、お母さんがよろこぶ、イケメンライダーです。
 たしかに、お父さんが喜ぶ、子供向け番組とは思えない難しい設定と背景です。
 たしかに、子供が喜ぶ、子供向け番組です。

 でも、そこにこめられている、あまりにもさりげない演出はまさに哲学と呼べるように思えます。

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