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著作物を使いたいとき(私的使用のための複製編1)

こんにちわ。呟き尾形です。

 著作物を自由に使って良いケースと言うものがあります。
 ちょっとシリーズ化して、書いていこうと思います。

 全体的な所感ですが、どうも、それらは、どうもいわゆる公務員が都合よく使えるような類のものがほとんどで、一般人が著作物を使えるケースというのは、おおよそ、”引用”と呼ばれるものと”私的な使用の為の複製”のみが自由に使えるケースだといえるようです。

 まぁ、調べていけばそうじゃないかもしれませんとりあえずは、私的使用のための複製というテーマで調べていこうと思います。

 さて、私的な使用の為の複製というものは、どういったものかというと、本当に、趣味のレベルで仕事にかかわらないことのようです。「仕事以外」というのは、とどのつまり、金銭が絡まない場合ということのようです。
 たとえば、購入したビデオを、私的使用の為に、ビデオテープに複製するのは、大丈夫と言うことになります。
 で、ここで言う私的使用というのは、あくまで家庭内です。友達も知人も会社の後輩、先輩、上司への譲渡などは私的使用とはいいません。
 複製による金銭の請求はもってのほか。ということのようです。

 じゃぁ、私的使用のためなら、パソコンでハードディスクやCDやDVDに複製するのはOKだね。と思えそうですが、どうもそうでもないらしいです。
 ここで、恐ろしいのは、デジタル方式の録音録画機械等を用いて著作物を複製する場合には、著作者に対して、補償金の支払いが必要となるというのです。
 早い話が、パソコンをはじめとした、デジタル方式でのコピー、具体的には、ハードディスクやCDおよびDVDに対する複製は自由に扱えるどころか、著作権所有者にお金を払え。ってことです。
 じゃぁ、せっかく購入したパソコンソフトはインストールできないじゃないか!  となりますが、パソコンにインストール方式のパソコンソフトは、購入時に支払うときにライセンス料という、ハードディスクに複製してもいいですよという料金が含まれている場合がほとんどです。
 一般的に1パッケージ、1ライセンスですから、1台のパソコンにしかインストールできないわけですね。

 なんでか。どうも、複製権(21条)というのがあります。
 これは、著作者は著作物を複製する権利を有していて、よくよく考えてみれば、著作権の中で一番重要で基本的な権利といえるでしょう。
 デジタル方式での複製は、著作権所有者に対して、その権利を侵害していると見られるわけです。
 たしかに、デジタル方式による複製は、著作物という著作者にとっての”商品”を”生産”したことと同じになりますものね。

著作物を使いたいとき(私的使用のための複製編2)



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結婚って何?

こんにちわ。呟き尾形です。

 恋愛の先には結婚が見え隠れしています。
 そこで、私の結婚観を述べてみたいと思います。

 そもそも、「結婚って何?」といいますと、
 私は、既婚者ですが、結婚とは、「家」同士の契約であると考えています。

 でも、別に結婚だけが幸せでもないし、未婚のまま好きなひとと一緒にいられれば、それでいいかもしれません。
 その人がそう割り切れるなら、私は、それで良いと思います。
 いわゆる、男と女の関係は4つあるのだと考えています。一つは、いわゆる性として、二つ目は娯楽として、三つ目は一族の繁栄する仲間として、四つ目対等なパートナーとしてです。
 好きなひとと一緒にいられればよい。とするのは、一つ目あるいは二つ目の男と女の関係だと思います。
 私が結婚したのは、三つ目と四つ目としての男と女の関係として、一生を過ごすパートナーとして選んだつもりです。

 ところで、世の中既婚者の男性による浮気が多いそうです。
 とどのつまり、「彼女が欲しい。どうして悪い?」ということらしいですが、どうして悪いといわれれば、
「そりゃ、結婚と言う契約に反するからだ。約束を破ることがどうして悪くない?」
 と私なら問いかけます。

 私が立ち会ったことのある結婚式は、キリスト教、神道、仏教、人前結婚式と4種類ほどですが、結婚とは、主や神様や仏様あるいは、同席者の前で、男女が一生人生を共に歩みますという約束以外のなにものでもありません。
 そして、浮気はその約束違反です。
 約束を破ることはすなわち、悪いことであると判断します。

 大事にしようがしまいが、契約違反は契約違反だと考えます。

 まぁ、確かに、自然界には結婚と言う仕組みはありません。
 そして、自然界を観察すれば、オスの本能として、多くのメスにかかわろうとすることは必然です。
 だから、男の浮気は本能だといわれるのでしょうが、それは詭弁です。
 なぜなら、それを前提にされたなら、結婚と言う契約には、浮気をしてもよい。という内容があるはずです。
 出来ない約束をした方が悪いということになります。

 とはいいつつも、契約契約と五月蝿くなっては息が詰まります。
 また、人は約束を破るという行為がわるいことは、事前に知っています。
 であるならば、約束を破るだけの理由があると考えることも必要になるのだと思います。
 それは、ケースによりけりなので、ここで私の意見はとまってしまいます。

 さて、そもそも、人は愛されることと、愛することのはどちらが幸せなのでしょうか?
 どうしても、二者択一。ということになれば、愛することのほう
が幸せといえるように思えますが、ただ、私はもう一つの選択肢を用意して、それの方が幸せだと思っています。

 それは「愛せることのほうが幸せだと思います」

 あくまで私見ですが、愛というものは、どうも受動的な体質があるように思えます。
 経験的に、能動的になればなるほど、上手くいかないのが愛のようにおもえてなりません。

 つらつらと私見を述べさせていただきました。

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学ぶということとは・・・

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日であえた名言です。

    私たちはすべてのことから学べる。
    悪からも善からも、実からも虚からもおそらく学べる。
    狭い見方が敵なのであろう。
      曽野 綾子 (『それぞれの山頂物語』)

 学ぶという行為は、大きく分けて4つあります。
 一つ目は教えを受けて知識や技芸を身につける。
 二つ目は勉強すること
 三つ目は経験を通して知恵を得、理解すること。
 四つ目はまねること。

 方法は違えど、どれも学ぶこと。
 そう、学ぶということは、方法にこだわらず、吸収すること。
 だからこそ、どんなことからも学べるのだと思います。

白い時計塔のある村

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なぜ、違法が悪いのか?

著作物の目的

 こんにちわ。呟き尾形です。

 違法が悪いとされているのは、ルール違反だからではなく、ルール違反することによって、他人に迷惑がかかるためです。
 
 私は必要な信号機なら守るべきだとおもうのです。
 でも、必要以上に信号機を設置するのは、かえって渋滞を巻き起こしたり、無用にイライラを誘発させたり、神経をさらに疲れさせて、交通事故の間接的な原因にもなります。 つまり、間接的とはいえ、交通機関に悪影響をあたえるようにおもえるのです。

 そうした理由から、みんなの為に、社会の為に。という意志が、著作権を侵害するかもしれない。という可能性で踏みとどめさせることに疑問を感じています。

著作物を使いたいとき(私的使用のための複製編1)


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ものごとを面白く体験するためには

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日であえた名言です。

  「ものごとを面白く体験するための5K」というのがあるんです。
  それは、好奇心、観察力、行動力、向上心、謙虚。とくに謙虚は大事。
  最初のワクワクした気持ちを忘れないことです。
   東儀 秀樹 (雅楽師)

 まさに、この言葉の通りのように思えてなりません。
 面白くないなぁ。と感じるとき、好奇心はそそられません。
 面白いなぁ。と感じるときは、それから、なにかを見つけたときです。まさに、観察力。
 面白いことを実感するには、行動しないと駄目。まさに、行動力なしに面白く体験はできません。
 そして、面白いことに慣れてしまうと、つまらなくなります。そう、向上心がないと、面白い体験は維持できません。

 ところで、謙虚の反対語は、横柄、高慢、傲慢です。
 どれも、面白いものごとをつまらなくするものばかり。
 いばったり、思い上がったり、不遜な態度をとっても、つまらない。
 横柄だから好奇心も感じない。
 思い上がれば、観察しようともしないし、行動にうつそうともしない。
 傲慢だから向上仕様とも思わない、つまり、向上心なんてありえない。

 名言にもあるけれど、やっぱり、謙虚は大事。
 特にものごとから「面白い」ことを発見したければ。


白い時計塔のある村


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