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政治家の恐れていること

こんにちわ。呟き尾形です。


 とりあえず、日本の政治家が恐れているのは、選挙における浮動票ではなかろうかと思うのです。
 だから、あれだけ必死にあるように思えます。
 国民という他人のためではなく、自分のため。

 まぁ、何事も、自分の行方を他人に任せるというのは恐ろしいものですよね。

 で、選挙において事前にいろいろ確定できる投票数というものがあります。
 まぁ、いわゆる固定票ですね。
 これで安心。となればよいのですが、選挙の投票率をみれば、浮動票を持っている人が多いのはあきらか。

 となれば、案外、自分の判断で投票する人が増える、つまり浮動票が増えるというのは、存外効果があるのかもしれません。

 もし、いわゆる選挙管理委員会が、本当に選挙に来て欲しいなら、もっといろいろな工夫をするはずですよ。
 本当は浮動票を増やしたくないから、効果的な創意工夫がみられないのだと邪推しています。

 別に投票日を1日にしなくていいじゃん。

 投票期間をもうければ。とかいう発想、出てこないんですかね。
 下手な宣伝するより効果的ですよ(笑)


 ちなみに、政治について意見を言うなら・・・

 ちなみに、意見を言うなら・・・

小泉内閣

自由民主党  

公明党
 
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選挙権を行使してみましょう!

こんにちわ。呟き尾形です。

 さてさて、これまで、日本の政治に批判っぽいことを書いてきました。

 現在の選挙のあり方に対する疑問も書きました。

 でも、だからとって、選挙権を行使するな、つまり、選挙に行っても意味がないよ。と言うことではありません。

 むしろ、選挙権を行使してみましょう!

 これは、政治に参加することを目的として推奨するのではありません。

 私達のもっている、清き一票と呼ばれる選挙権がどれだけの力をもっていているか、実感してもらうためです。

 ですから、清き一票には、投票する人の
「こんな風になってほしいと思うからこの人に投票する(☆o☆)キラキラ」
 という気持ちをこめてください。

 そして、それをノートや日記、blogに書き込んでみてください。
 そして、1年後、2年後・・・・と書き込みの内容と現実を照らし合わせてください。

 それで、清き一票と呼ばれる選挙権の力が分かります。

 選挙権は、無力とは言いません。

 しかし、われわれはもっと民主主義国家の国民として、自分の意見を言う場を切り開いていくのも政治参加ではかろうかと考える次第です。

  ちなみに、今の政治に意見を言うなら・・・

小泉内閣

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日本の政治家は世襲制(笑)

こんにちわ。呟き尾形です。

 日本は選挙があるから民主主義?

 民主主義ってたしか、少数意見もきちんと議論して、妥当性のある意見なら採用しましょうね。というイデオロギーだったような気がします。

 まぁ、そんなことより、もっと驚くことが。

 タイトルにあるとおり、日本の主だった政治家はお父さんが議員、おじいさんも議員という人がとてもおおい。

 まるで、世襲制のようですね。

 それは、たとえるなら、政治家という貴族(特権階級)がいて、議席を私物化しているのではなかろうか?

 まぁ、選挙があるからそんなことはない。というが、あの、組織票があるかぎり、議席は私物化されるでしょう。

 国民はバカにされているんじゃないかなぁ。

 まぁ、それは疑心暗鬼かもしれませんが、それでも、二世議員、三世議員の多さをみると、そんな邪推もしたくなる。

 実は日本は貴族制だったりして(笑)

 まぁ、そうならないためにも、

小泉内閣

自由民主党  

公明党
 
民主党  

共産党 

社民党

 で意見を言いましょう。

 黙っていれば、すべて賛成していると思われちゃいますよ。
 

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選挙の投票

こんにちわ。呟き尾形です。

 選挙で、選挙権を行使するとき、投票用紙に、投票する人の名前とか、党をかきますよね。
 あの時、名前を書き間違えると、無効になるそうです。
 また、略字も無効。

 当たり前のような、なんか不条理のような。

 まぁ、オリンピックなみにこない選挙ですから、それだけ慎重にとはなるけれど、民主主義ってそんなものか?

 なんか、バカにされてますよね。国民。
 主権は国民にあるのに・・・。

 そんなもので、もうちょっと、国民の声の影響力を強めたいと思うのです。

 今のところ、下記のサイトに自分の意見を書き込む。

小泉内閣

自由民主党  

公明党
 
民主党  

共産党 

社民党 

 もっと、政治の議論を普通に行う。

 ってことをしないとダメなんでしょうね。

 というより、法案は国民が作る。ちゅうのはだめかなぁ。もちろん、法律の専門家に、こんな法案にしたいんだよね。
 というと、法律の専門家が保険営業員のように、こんな法案ならいけそうですよ。ってな感じで(笑)
 結構、本気で話し合えると思いますけどね。
 そうすれば、選挙の投票だって、リアリティーがでますよね。
 自分の意見と同じとか、同じ視点で考えてくれる人を本気で探しますよ。
 法律って案外死活問題ですもの。

 あるいは、政党に入っているやつは、大臣になれない。とかですね。
 内閣と国会の関係が親密すぎるから三権分立なんて無理だし。
 お互い監視するはずなのに、事前に話し合っている(笑)
 これを談合といいます。

 国民もどうせ、談合しているんでしょ。というからさめちゃいますものね。

 そうすれば、国会では徹底的に議論ができるような気がする。

 選挙だって・・・・

 というわけで、呟き尾形でした。

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差別は罪?

こんにちわ。呟き尾形です。

 本日、食事を取りながら、ふと疑問に思ったことがあります。
 日本に差別罪なるものがないということです。

 差別は悪いこと。これは常識です。

 そして、社会問題にもなっています。

 でも、名誉を毀損したり、侮辱すれば、罪になりますが、差別をした罪で実刑が下ったり、罰金刑がくだったり、賠償金もないですよね。

 う~ん。

 差別は罪なのだろうか?

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哲学の魅力

 こんにちわ。呟き尾形です。
 先週は、台風4号でしたが、今週は台風6号が上陸し
そうです。
 それも、日本を縦断しそうな予感が。
 ホントに梅雨?

 さて、今回は、小説を書こう!の第33回、修辞術の呼びかけ法・詠嘆法についてです。
 次に、呟き尾形の哲学日記、哲学の魅力です。
 哲学と聞くと分からないなりに気になりますよね?
 なんでだろう? という呟き尾形が考えてみました。
 で、リンク集を最新更新順に並び替えましたが、そろそろリンク集も何らかの形でリニューアルしようかな。
 と考えています。

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さわやかな色・さわやかなサイトの配色

こんにちわ。呟き尾形です。

 梅雨時になったとたんに、台風がやってくるというような印象がありますね。

 これを読まれているあなたは、さわやかな色といいますと何色を上げられますか?

 私は、断然空色、いわゆる青系の色です。
 これは、一般的にも言えるらしく、明るい青形のウェブの配色はさわやかさを印象付けるそうです。

 これからの季節は初夏になるそうですが、初夏のイメージは、青に黄色を混ぜて言ったような色がよりいっそう効果的だとか。
 暑中見舞いなどで利用してみてはいかがでしょうか?

 ただ、同じ青系でも、濁色と呼ばれる純色に灰色を混ぜて、明度を下げていくと、逆効果だそうです。

 雨が多くなり、湿気が多くなる季節になります。せめて、心理的にはさわやかさを維持するような配色もよろしいかと思い、つらつらと語りました。

 それでは失礼いたします。

 白い時計塔のある村

 呟き尾形の色の心理学

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敗北哲学

こんにちわ。呟き尾形です。

 勝利哲学というものは、聞いたことはあっても、敗北哲学などというものは聞いたことがないでしょう。

 なので、敗北哲学と言うやつをちょっと提案してみたいと思います。

 これは、勝つことからさまざまな物理的な利益は多くとも、学ぶことは少ないのことが多いようです。
 むしろ、勝ち続けることにより、慢心が生まれ、その人の成長にとってマイナスになることすらあります。
 それに対し、勝負に敗北した後に、その敗北を「負けました」と勝者に頭を下げることで、敗北によって、物理的な損失はあっても、学ぶことを得られるということです。

 敗北して、あれこれ言い訳するのでは学べません。
 敗北を敗北として認めること。これはとてもとても、辛く苦しいことです。

 辛く苦しいことは、強い負の印象を与え、そうならないために、創意工夫と日々努力をかさねることが自然に出来ます。

 そもそも、成長というのは、辛く苦しいことにならないために行われるものなんじゃないかと考えています。

 まぁ、口で言うのはたやすいですが、行い難しです。実際、やろうとすると、なかなか出来ませんから。

白い時計塔のある村

呟き尾形の哲学講座

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