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心の余裕の得方をアリさんに学ぼう

 アリさんに学ぼう

 こんにちわ。呟き尾形です。

 ちょいと小耳に挟んだのですが、アリさんは働き者の代名詞といわれるくらい、働き者だと言われています。
 たしかに、イソップ物語にある、アリとキリギリスの童話のように、アリさんは働き者の象徴として語り継がれています。

 じゃぁ、実際、観察してみれば、常に動いて、休むことなく、うろちょろうろちょろしています。
 おお、なんだか分からないけれど働いているぞ。
 と思えるわけです。

 で、とある研究者がアリがどれだけ働くのか観察したそうです。

 そうしたら、なんと! 実際働いているのは全体の20%程度。
 その他の80%は、働かないでうろちょろしていたり、動いていないそうです。

 じゃぁ、その20%だけの集団を作れば全部のアリが働くかと言うと、最初は働いていても、やがて80%が働かなくなるとか。

 これは、もしかして、100%フル稼働すると仕事が過剰になるから、20%に抑えているということではなかろうか。

 ワークシェアリングという言葉があります。
 これは、仕事を分担してやろうと言う考え方で、そうすると、忙しい人にも余暇ができる。余暇ができると、自分の時間ができます。自分の時間が出来ると心に余裕ができます。
 現代日本社会におけるさまざまな社会問題の原因の多くは心に余裕がないことだとおもいます。
 まぁ、仕事がアイデンティティを見出す日本人にとって、この余暇は無意味かもしれないけれど、働き者の代名詞のアリさんですらこうなのだから、自分の時間を作ってのんびり哲学でもしてみるのも価値があるんじゃないですかねぇ。

 アリさんに学んで、心に余裕をもちましょうよ。

 なんてね。

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乳幼児が長時間テレビを見ると、悪影響がある?

 乳幼児が長時間テレビを見ると、悪影響がある?

 こんにちわ。呟き尾形です。
 乳幼児が長時間テレビを見ると悪影響がある。という話を小耳に挟みました。
 なんでも、長時間テレビを見ている子供は、コミュニケーションが不足するため、言語の発達が遅れるのだとか。

 笑っちゃいますね。

 大人の理解できる言語で話をしなければ、発育していないと考える。
 一方的な価値観の押し付けです。

 子供と同じ高さの視線で、考えるのをやめて、純粋に子供を見れば、子供がどれだけ、私的言語で試行錯誤しているかわかるもんでしょうけど。
 そんなに子供の心をわかりたけりゃ、言語を捨てて一緒に歌って、叫んで、踊って、あばれればいいんですけどねぇ。

 単純に自発的に話をしなくても相手がしゃべってくれるから自分から話そうとはしないだけで、子供は子供なりに外部から得られた情報について試行錯誤している。
 なんて、どうして考えられんでしょうかね。

 自分が子供だったころ、忘れたか、自分が子供のころ、何にも考えていなかったんでしょうかね。

 私なんかは家に天井がある。というだけで、驚いていたけどなぁ・・・。

 え? アホらしい?

 そりゃそうです。大人と比べて、子供には事前に知っている知識なんて少ないんです。
 だから、大人にとって当たり前のことは、子供にとっては当たり前じゃないんです。

 当たり前、つまり、既存の常識や価値観で子供を測ろうとした時点で、三角定規で水の長さを測るようなものです。
 アホにでもなければ、子供の考えなんてわかりませんよ(笑)

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現在女性が恋人に求める男性条件

 現在女性が恋人に求める男性条件


 世に言う、懐かしきバブル期、女性が求める男性像に、その昔、三高ということばがありました。
 三高とは、「高身長・高学歴・高収入」です。
 まぁ、確かにとうなずくところがあります。 それを条件。とするには疑問はありますけど、確かに高い方がよいものばかり。

 それに対して、最近、女性が恋人を探す際の3条件として、三低と言うものがあるそうです。三低とは、「低姿勢・低リスク・低依存」だそうです。
 低姿勢とは、レディーファーストの男性。
 低リスクとは、公務員や有資格者などの安定した職業を持つ男性。
 低依存とは、相手を束縛せず、互いの生活を尊重する男性。
 とのこと。
 なんともまぁ、理想とはいえ、都合の良いことを。と思いきや、したたかなことに、結婚するなら三高という更なる理想が。

 でも、そういわれているだけで、私の周りにいる女性は、そんな高望みする女性は少ないようです。

 でも、レディーファーストって、ブラックジョークで、女性を先に行かせて危険が無いことを確認するため。とか言うのがありましたねぇ。
 低リスクについても、有資格だからって、就職に有利なだけで安定しているわけじゃないし、公務員もなんかは、努力は認めるけど、結局効率とモチベーションの低さから考えると、どう考えたって今のままのほほんとしてたら絶対アウトだから考え直さないといけないだろうし。
 低依存って、恋人にあてにされないで、何がみたされるんだかという感じ出し。
 推測にすぎないけれど、自分の生活を尊重するという方が確実のように思えます。

 まぁ、誰の理想でもないのでかまわないんですが、そういった情報に流されちゃうと自分を見失うんじゃないかなぁ。という感想を持ちました。

 とはいいつつも、クライアントの要望が分かるのはかなり有利だし、低姿勢と低依存は心がけの問題なので、難しいでしょうけど出来なくはないとおもわれます。
 公務員は難しいかもしれませんが、資格を持つのは、高学歴よりチャンスがあります。
 特に低姿勢が重要だとか。

 モテナイより、モテた方がいいでしょうし。なにより、低姿勢と低依存は、VS人間関係には重要っぽいように思えます。

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FANTASYっぽいシーン

P6010102.JPG

 色画用紙を背景に、FANTASYに出てきそうなシーンを撮影してみました。

 まぁ、遊びです。

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スライムが現れた!

suraimu01/P6010102

 スライムが現れた!

 コマンド?

>たたかう

 スライムのこうげき。

 
 !!!

suraimu02/P6010103

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かもめーるって知ってます?

 こんにちわ。呟き尾形です。

 かもめーるって知ってます?

 かもめーるとは、暑中見舞い用の郵便はがきの愛称です。
 何を隠そう、私は結構お世話になったことがありました。
 いえ、暑中見舞いという形で、引越し後の住所やら電話番号のおしらせにつかったことがあって、「ふ~ん、かもめーるなんてあるんだぁ」という程度の認識でした。
 で、このたび、『かもめーる』の愛称廃止することになったそうです。
 理由は、「世間の認知が高まらず、愛称として定着しなかった」とのこと。
 まぁ、言ってしまえば、“敗北宣言”ってやつらしいですね。

 そういえば、暑中見舞いという文化も、廃れている感じがしますね。

 マイノリティーを気取る私としては、かえって、暑中見舞いを遠方の友人にだしてみようか。
 なんておもったりして(^^♪

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デジタル絵手紙

 デジタル絵手紙というものがあるらしい。
 どうも、これは、カメラ付携帯電話で、
撮影した画像に短い文章を加えて、コミュ
ニケーションをとるものらしい。
 まぁ、アナログな言葉で言うなら、絵葉
書かな。と思われます。
 で、それ自体は珍しくも無いと思いきや、
一般に、操作の難しさから携帯電話のメー
ル機能を敬遠しがちな高齢者が、絵手紙と
いうものを利用するようになったそうだ。

 話を聞けば、納得できます。

 文章におけるジェネレーションギャップ
は確実に感じる。
 古くは「ナウイ」、ちょっと前では、「ア
ウトオブガンチュウ」などの一種のその世
代独自の単語があり、今では死語になって
いるケースが多いですからね。
 しかし、写真においては、何が良いか?
 というズレはあるものの、かなり情報が
共有できます。

 余談ですが、私、呟き尾形は携帯電話に
おけるメールの作成に違和感を感じます。
 それは、あの面倒な文字入力と、おばか
な漢字変換辞書ソフトが腹立たしいからで
す。
 でも、ふと、自分の見た風景、情景を
短い文章をつけて、仲の良い友人とコミュ
ニケーションがとれるのは、結構素敵な
ことだと思うし、世代が超えられればなお
さらです。

 なんにしろ、デジタルテクノロジーはジ
ェネレーションギャップを超えられるか?
 ということなんですけどね。

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既存の修辞術を学んでみたいと思いますか?

 こんにちわ。みなさん。呟き尾形と申します。

 本来、文章というものは、たいてい簡潔で平明な文体で書くことが望ましいといわれています。
 つまり、分かりやすいからさ。文章は、原則、文字だけで意思を伝える為に、論理性と客観性が求められます。
 その為、出来るだけシンプルな方がわかりやすいということになります。
 極端な話、必要なことを箇条書きにするのがベスト。長い文章は、解釈に多様性がでるから、どうしても読み手の主観に訴えなくちゃいけないし、ミスしやすい。伝えたいことだけを書くのが一番いいということですね。

 ただ、箇条書きの小説なんて味気ないわけです。

 で、質問です。
 みなさんは、レトリック(修辞術)と言うものについてどのようなお考えを持っていますか?

 また、既存の修辞術を学びたい。なんて思われますか?

 いえ、ちょっと、小説を書こう! と言う、小説を書くノウハウのメールマガジンを発行しているのですが、これをよまれている方のご意見を伺いたいと思いまして。

 私は、小説は作者の個性を文章で表現するわけだし。基本的で同じようなレトリックは月並みな文章になるだろうと考えられるかと思いますが、新しい表現を生み出すためには、今まで人々が長い歴史で培った、さまざまな方法を踏まえておくことが必要ななのはなかろうかと考えているので、修辞術特集を組んでみようかとおもったのですが、
ニーズはあるのだろうか?
 という疑問がふとうかびまして(^_^;)

 もしよろしければ、ご意見をうかがわせていただければ幸いです。

 小説を書こう! メールマガジン

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レトリックについて

 こんにちわ。呟き尾形です。
 とても、とても暑いです。
 先週までの雨がウソのように晴れ続き。
 いい感じですが、暑いのが難点ですね。

 さて、呟き尾形の哲学手記を更新しました。
 今回は、大きな物語について。を追加しました。
 大きな物語って何? って感じですが、読んで
からのお楽しみ。ということで。
 次に、小説を書こう! の第32回を追加しま
した。
修辞術というやつについて紹介しています。
 小説を書くときの文章技法というものを紹介し
ていこうとおもっております。

http://homepage2.nifty.com/SON/

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